![]() 降りてゆく生き方 |
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| 新潟の清水義晴さんがプロデュースされた浦河べてるの家のドキュメンタリー映画「ベリー・オーディナリー・ピープル」は衝撃的でした。 「精神分裂の○○です」「アルコール依存症の××です」病名入りで自己紹介されるメンバーたち。「一番社会復帰したのは私です」という自己紹介は、今号のBeな人、ソーシャルワーカーの向谷地さん。そして「治さない治せない医者の川村です」と主治医川村先生等々、画面から笑い声があふれていました。「弱さを絆に」、「三度の飯よりミーティング」、「利益の無いところを大切に」・・・、さまざまな合言葉が飛び交い、病気になった社会への社会復帰でなく、自分らしく生きられる場を創ろうとされている様子は、私たちの世界にこそ必要だと思われることにあふれていました。 本では伝わらないから映画を、と清水さんが感動されたユーモア、問題があって順調!という精神や、ありのままを認め合う「べてるの家」のあり方を、少しでも体感してもらいたいと1996年に義晴さんや仲間と始めた「名古屋べてる祭り」は7年続きました。今や、自己研究も盛んで、人格障害から抜けたある女性は、要因を、家族でもない他人から尊重されている感じがつかめ、軽蔑されず対等で、関係を閉ざされなかったことから、“あなたはそのままでいい”と言うメッセージを受け取れたからと話されているそうです。 「べてる祭り」の案内を読み返していて愕然としました。1998年に自殺者が3万人を超えました・・・、と書いていました。失われた10年とよく言われますが、社会のすさみは進む一方です。ますます効率化が進み、人がまるで部品のように扱われる社会は、かけがえの無いたった一度の人生を生きている存在であることを思うゆとりを無くさせます。一握りの人のみが勝ち組、後は負け組みとされ、ワーキングプア等という品のない言葉が大手を振ってまかり通る社会。 ![]() そんな中、塾へお弁当二つ持って出かける子供の話や、知っている人さえ疑うように教えなくてはいけないという事を聞くと、胸が痛くなります。小さな子どもたちには、競争をあおり、人を疑うことを教えるのでなく、人は信ずるに足るものであり、誰もが自分の花を咲かせる為に生まれてきたことを伝えられる社会にしたいものです。 「アメリカばんざい」というドキュメンタリー映画についての一文を向谷地さんから頂きました。「映画の中では、普通の少年少女が、三ヶ月の訓練で必要に応じていつでも人を殺せるようになるか計算された綿密なプログラムの元、「人間改造工場」とでも言えるキャンプを終える頃には、立派な愛国心をまとった「殺人マシーン」となって戦場に送られていく様が描かれ、多くの若者たちが、任務の最中で、または除隊後精神のバランスを失い、通常の生活が困難になり、ドロップアウトしていく・・・。」といったものでした。 脳研究の本に、脳はだまされやすいとありました。また、からだの動きと連動していて、微笑む表情をつくるだけで、そのようなホルモンがでて、怒りの表情をすれば、身体もそれに反応するそうです。私たちはとても洗脳されやすくできているようです。 右肩上がりでなくてはいけない、競争には勝たなくてはいけないというのも思い込みではないでしょうか。人間の心の奥底にあるものは、人を愛したい、互いに助け合っていきていきたいという願いではないかと思います。 「降りてゆくことはこわかったけれど、降りたら、そこには豊かな大地が広がっていた」べてるのメンバーの言葉が心に残っています。 「降りてゆく」とは、“こと”や“もの”や“人”と丁寧に向き合い、自分を掘り下げてゆく中で、かけがえのなさを発見し、真の自分に出会ってゆくことでもあると思います。 たった一つの細胞から分裂して生まれたわたしたち。その最初の一個の細胞には、宇宙始まって以来の情報が書き込まれていると言われます。考えられないほど精妙な宇宙の仕組みは、競争してごく一部の種だけが存続を許されるようにはできていないと思います。 心の目と心の耳をすまして、魂の声を聴き、自分の花を咲かせ、慈しみあう愛と思いやりに満ちた社会を生きたいものです。 「自分の身体のその奥に 確かに確かに座っている 大きな宇宙の約束が いつもいつもささやいている いつかいい日の明日のために、いつもいつもささやいている」(山元加津子) |
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| 参考図書「宇宙の約束」山元加津子著 | ||||||||
願いを持って生きる |
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| 「物事は、何でも始めは一人です。世の中を良くするのも、悪くするのも、唯この一人からです。」― 車いすの清水義晴さんが朗読される声が心に沁みました。 義晴さんの著書「変革は、弱いところ、小さいところ、遠いところから」を元に映画「降りてゆく生き方」が製作されるに際し行われた、シナリオ開発インタビュー冒頭の一シーンです。脳出血で倒れられ、ベッドで天井を見つめながら「神様お導き下さい、天の声をお聴かせ下さい」と願い続けられたそうです。「地域の茶の間」はじめ福祉の仕事をされておいでの河田珪子さんから「一緒に、新潟を日本一の福祉都市にしましょう」と言われ誓いあって、これが天の声かと、生きる希望が湧いてこられたそうです。「人は、命を賭けてもやりたいテーマを発見し、出会う事がとても大事」とふり絞るように語られていました。今号のBeな人安藤さち子さんは、沖縄戦について知り、居ても立ってもいられず、試行錯誤しながら、生き方と働き方を分けない暮らしを目指されています。 よく生きたいというのは、人間の根源的な願いだと思います。けれど、現代は競争に勝ち抜く事に精一杯で、何の為に生き、働いているかを問う間もなく、魂との語らいはおろか、仕事の中で自分を育て、深める視点は薄れ、正直・誠実に生きるといった倫理観も失われてゆくばかり。戦争の世紀と言われた20世紀を過ぎ、21世紀になっても平和な社会への道はるかです。「仕事の中で、いのちを見つめることをやめ、私たちは無事・平和の原点にあるものを捨ててしまった。市場競争というソフトな戦争をしているので、ハードな戦争に対しても一定の理解を示す心情を持ってしまう」という哲学者内山節さんの一文が胸に響きました。 ![]() あるセミナーでのことです。チームメートを2グループに分け、相手が見えないような状況で点数を競うというものでした。条件反射のように、「勝たなくちゃ!」とゲームを進めた自分に気づいた時、すごくショックでした。「競争から共生へ、勝つ事よりもつながること、多様な人が共に生きられる社会」を願っているつもりでした。言っている事と、行動の隔たりに、自分のウソと、無意識に持ってしまっている価値観の恐ろしさを感じました。「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」というユネスコ憲章の言葉が身に沁み、ある話が思い出されました。 「生物学的に同じ種でも、共同体が違うと他の種のように感じ、地域文化が異なると、人種の違いを生物種の違いのように感じ、どの集団に属するかで闘争が始まる。フットボールの試合で、同じ大学のチームメートでも、違うユニフォームを着せると相手に勝とうとして白熱する。違いでなく、共通項を見出すことで戦いは避けられる」というものでした。 微生物研究の平井孝志先生は、「俺が、私が、という狭い人生観―水平思考法に陥ると、人間にシミができ、地上動物の一種であるヒトという生きものとして生存していることが見えなくなる。宇宙意識を持ち、日々の生活の出来事と正面から向き合っているとバランスを崩さずにすむ」と言われます。 本当の自分を発見するというプログラムで、66歳でパーキンソン氏病の女性が参加され、若い人でも大変な内容のすべてに挑戦されていました。人は、いじらしいほど本来の自分と出会い、生きたいと願っており、他者とのつながりに励まされ、喜びを感じるものと改めて実感しました。人類とは、協力関係を築くことでここまで発展進歩した種だそうです。自然の営みや、人の労働に支えられてわたしたちは暮らしています。いのちとしてのリズム、自然の一部としての自分を取り戻し、魂の願いを人生のテーマとして、自分を高め、深め、自分の人生をまっとうする。魂の喜ぶ生き方をすることが、より良い社会へつながるものと思います。 |
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| 参考図書「戦争という仕事」内山節著 信濃毎日新聞社刊 |
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清々しく生きる |
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「ゆっくりずむ」も30号を迎えることができました。多彩な皆様がBeな人に登場して下さいました。共通しているのは、やらないでいられないことに真正面からイキイキと取り組んでおられることでしょうか。今号の朝倉さんは「オリーブの良さは必ず日本の人々に喜ばれるという確信だけで、先のことは何も考えずやってきました。壁にぶち当たっては解決〜壁〜解決の繰り返しでした」と、さらっと言われます。前号の杉野さんもシステム開発のSEから炭やきとなられ、子孫の為に山を守り、水を守り、防人として、できるだけのことをしたいと全存在をかけて仕事をされています。計算を超えて、やらないではいられないことをしておいでの人達は、エネルギーに澱みがないとでも言うのでしょうか、共通の清々しさを感じます。 最近“場”ということがよく言われますが、「“場”とはそれぞれの人が、多様な個の世界を表現する舞台」と場の研究所の清水博先生から伺いました。現代人は客観的であり、論理的であろうとするあまり、型にはまって固定化しがちな上、効率化で、時間に追われ、ゆとりがなく表現の自由を奪われています。やりたいと思っている間は、認識の世界であり、やることが表現の世界。いのちは表現したがっており、それができないと身体も心も病んでいくそうです。損得を考えるとは、認識・論理の世界であり、これだ!と思うこと、やったことのないことを始めると能力全開になり、表現したがっているいのちが喜ぶ世界だからこそ、それをしている人は輝いているのでしょう。園芸療法のグロッセ世津子さんからある認知症の男性の話を伺いました。最初、皆さんの楽しそうな様子を横でただ見ておられるだけで、話しかけても反応を示されなかったそうです。ところが、土に触れたことから心が動き、じゃがいもの種イモを植え、名札に名前と日付を筆ペンで書かれた上、「育ったらどんなお料理を?」という問いに「ポテトフライ」と答えられたので、スタッフの方々が驚かれたそうです。世津子さんは、装置としての命が何もできなくなっていても、表現としての命と向き合うと、その人の命が持っているものが引き出されると言われます。 量子物理学の世界では、実験する人の想いが結果を左右し、客観的事実はないと思わざるを得ないと言われるそうです。意識が注目すると、量子が一つの可能性を選び取り、現実化させるからこそ、観ること、気づくことの大切さが昔から言われるのでしょう。私たちは電磁気の海の中に生きている電磁気的存在で、あらゆる生命現象が電磁気により維持されており、眠る直前と目覚める直前は、地球の共鳴場と一体化し、みんなつながりあっているそうです。 量子の世界から見れば、全てはエネルギーを交換しあっており、水もエネルギーも高いほうから低い方へ流れるそうです。お金でモノを買うのは、人のエネルギーをもらうことでもあります。そのモノが、職人さんが心を込め作られたものと、安さだけを求め、大量生産されたモノとでは、持っているエネルギーが違います。無意識に受け取っているモノ・言葉等の背後のエネルギーを感じること・気づくことが大切で、健康にも大きく関ってくると青空禅フォーラムで伺いました。私たちが、良い気を感じるのは、自然な電磁気が流れている場であり、中でも意識場が一番影響があるそうです。どんなモノに囲まれているか、どんな場にいるか、自分がどんなエネルギーを出しているか、その質に目を向けることの大切さを思いました。 生きているということは、内と外とやりとりをして、ゴミを出し、負荷をかけて暮らすことでもあります。そのやりとりが持続可能かどうか、地球全体を考えなくてはいけないところに私たちはいます。自分の花を咲かせながら、心を込めてエネルギーあふれるモノを作り、サービスを提供し、質の良いエネルギーを互いに交換しあうことで、つながりあった持続可能社会をつくれるとは、何と素晴らしいことでしょう。分別・損得を越え、大いなる願いを持って清々しく生きたいものと思います。 「熱意を持った市民が何人か集まれば、世界は変えられる。それ以外の方法で、世界が変わった例はない ― マーガレット・ミード」 |
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| やむにやまれぬ思い… | ||||||||
「ジョン・エンライト博士という心理学者が、MS(多発性硬化症)という難病にもかかわらず地球の大変な状況を伝えたいと来日されているので、名古屋でも何かできませんか?」そんな大和信春先生の問いかけに、博士と奥様の響子さんにお目にかかる為東京へ向かった10数年前の日が、つい昨日のように思い出されます。 博士は日本にカウンセリングを紹介し、多くの自己啓発プログラム等を開発された方ですが、1988年、我々人間が地球(私達のホーム)しいては我々自身に対して何をしているか一人でも多くの人に気づいてもらうために、残りの人生を使うことを誓い、当時居を構えていたサンフランシスコの高級住宅地の家も手離し、心理学についてではなく、“地球環境の今”について話して廻られているとのことでした。 人は、これほど穏やかな、存在そのものになれるものかと感動を覚える静けさを湛え、孫ほど年齢の違う響子さんは可愛らしく、博士の想いを伝えたいというひたむきさにあふれていました。当時既に、MSにより足が不自由になられていましたが、地球環境について意識を向けて欲しいという気持がひしひしと伝わってきました。 昨年、三回忌で日本が大好きだった博士の骨を納めに来日された響子さんと久しぶりにお目にかかりました。晩年は癌も併発され、とても大変な状況であっても大統領選挙の際は、戦争を起こしたら大変と、動ける時は選挙管理事務所へ行って活動をし、出られなくなったらメールで、メッセージを発信し続けておられたそうです。 最近では環境問題が報じられない日は無いほど、情報がいろいろ出ています。植林すると同時に、今ある森を手入れすることを急ぐこと、石油を浪費しない暮らしをすること。大地や水を汚さないこと等々具体的にできることは、いろいろあります。 けれど何より大切なことは、私たちが、自然の一部であり、その循環の中で生きていることへの自覚ではないでしょうか。内なる自然として私たちの中に込められ、受け継いできた長い、長い時間。地球上の全生物が40億年に及ぶ歴史を背負い、互いに関係しあって生きてきました。生物の多様性が失われてゆくことは、食物連鎖の輪の中にある私たちの生きる可能性を狭めているということでもあると思います。地球のサイクルを狂わせ、資源を使い尽くすほどの発展が必要なことでしょうか。 科学技術の発展のお陰で、多くのものを手に入れ、とても助かったことは沢山あります。でも、豊かな森や、川、海があって、安心して飲める水、食べ物があること、夜には闇があり、静寂がある豊かさ、笑いあって暮らせることの有難さ…。当たり前だったことの深い喜びをもう一度かみしめたいものです。 量子物理学は、小さなローカルな変化が大きな世界に影響を与えることを教えてくれます。未来を変えるには、私たちが組み込まれているシステムに目を向けること、そして、変化を起こすのに重要な点はただひとつ、人の心を変えることといわれます。 「わたし達の地球を持続可能にするには、まず、自分にとって心から大切なものは何かを明確にし、何が今起こっているかを知り、あなたにとって大切なものを守る為に行動を起こし、周りのひとたちに伝えること。それは、決して易しい仕事ではないけれど、子供たちの未来のために誇れる名誉ある仕事」と、エンライト博士は話されていました。 ![]() 炭やきの杉野さんも、山を守り、水を守る炭やきの仕事を通じ、子孫から借りた地球に豊かな自然を取り戻す責任を取ろうとされています。 「愛の力で、自分たちの大切な子どもや孫を守っていこうという力強さが、今必要とされています」10数年前のジョンの言葉は、今こそ大切なメッセージだと思います。 一人のやむにやまれぬ思いの一歩が世界を大きく変えていける時代です。もったいない、ありがたい、おたがいさま。こんなやさしい言葉があふれる社会を夢見ています。 |
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| 参考図書:「四十億年の私の『生命』」鶴見和子対話まんだら 藤原書店 「出現する未来」ピーター・センゲ他 講談社 |
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「育む力」 |
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| 「就労の意欲はあるけれど、引っ込み思案で機会に恵まれなかったのでは、とセミナーに参加した若者で気になっている人がいます。一度会ってもらえませんか?」若者の就労支援もされている今号のBeな人―井上淳之典さんのお話で、お目にかかったKさんは物静かで繊細な感じの青年でした。先ずは、アルバイトとして会社へ来られるようになり早いもので、まもなく2ヶ月近くになります。日に日に表情が明るくなり、馴染んでいかれる様子を見ていると、何だか嬉しくなります。1時間半以上かけての通勤に関らず、朝早くから出社し、掃除も一緒にされる様子に、10年近くニートだったことが信じられません。 同じ頃、事務の女性が結婚退社されるので求人募集したところ、すぐに30代から50代の女性10名から連絡がありました。全員シングル、お二人は子供さんを育てておられ、ほとんどの方が直前は派遣社員でした。生活の大変さを思うと、お断りするのに胸が痛みました。無就労の若者の増加、派遣社員の広がりを実感しています。 85万人とも言われるニートの若者。理由はさまざまだと思いますが、効率・即戦力を求め、プロセスを大切にしない流れが、社会全体から包容力・人を育む力を失なわせていることが大きな要因ではないでしょうか。私が新卒で就職した会社の上司の口癖は「お預かりしている大切なお嬢さんたち…」でした。仕事だけでなく、折に触れ、生き方に関すること等いろいろ教えて頂きました。「名古屋べてる祭り」を北海道浦河にある「べてるの家」のメンバーたちと開催していたある年、キャンプ場で泊りがけの祭りをした折に、症状の重い人たちに向けられていたソーシャルワーカー向谷地さんの眼差しがとても印象に残っています。さりげなく、でもいつも目の中にその人がいるという感じで、必要な時には、いつでも手を差し伸べられる位置にいらっしゃるなぁと感じました。見守ってもらっている安心感を与えるこの眼差しが、今とても大切なのではないでしょうか。 無就労の若者と深く関っておいでの方の講演録を読みました。「互酬性(人のためにいい事をすると、自分にもきっといい事があるという信念)が社会から薄れ、見知らぬ他人の親切が受けられなくなっており、人とつながる力の弱さが、ニートの若者の社会的参加を妨げている」とありました。そう言えば、バス等で席に座っている人が、目の前に立つ人の荷物を膝に乗せてあげる姿を目にしなくなったのはいつの頃からでしょうか…。 他者への信頼という感性に作用する物質は、皮膚への刺激で分泌され、スキンシップは、人間の高次な社会行動に大きな意味を持つそうです。幼少年期のスキンシップが生命・心身の成長に大切とよく言われますが、親だけでなく、よその大人に抱かれたり、可愛がられる事が心の発育に大切と読んだことがあります。思えば、昔は年頃の若い人がいると、お見合いの話を持って奔走する人がいたものです。若い頃はうるさく思ったものですが、今振り返ると有難いことです。 ![]() 街がきれいになるにつれ、情を通い合わせあう場面が減り、身近な所から田畑や、小さな町工場が消え、額に汗しながらコツコツと地味な仕事をする人の姿を目にすることも少なくなりました。ボタン一つでほとんど済ませられ、お金で片がつけられる生活は、自分ひとりでは何一つ生み出せないこと、時間をかけなければ身につけられないことや、育めないものがあることに思いが及ばなくなっていく気がします。 森も、田畑も、職人の技も、老舗の信用も、文化も、地道な営みの積み重ねで培われていきます。種を蒔く時であれ、子供が大人になる時であれ、技を身につけることであれ、「とき」を待たなくてはいけないことが沢山ありますが、無駄を排除するあまり、「待つ力」も失ってきているのではないでしょうか。 時間に追われ、お金に振り回され、大切なものを私たちは失ってきました。労働力という言葉でくくられる集団の単なる一員でなく、誰もが、たったひとつの命で、かけがえのない人生を生きています。手塩にかけて、自分を、若者を、子どもを育み、信頼に満ちた、お互い様の気持ちが響きあう社会を創りたいものです。 |
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| 参考図書 「第三の脳―皮膚から考える命、こころ、世界」 傳他光洋著 朝日出版社 |
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受容する力 |
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今号のBeな人、中村かをるさんとの出会いから17年目にして初めてゆっくりお話を伺いました。20年に及ぶ看護・介護の日々のみならず、ため息のでるようなさまざまな出来事にも拘らず、柔らかく母性にあふれた明るい笑顔で「本当にごく普通の日々の連続として捉えており、気がついたら時間がたっていたというだけのこと、長かったという気持ちもあまりないのです。」と話されました。起こることから逃げずに受容し、掘り下げ、丁寧に生きることは、これほど人を成熟させてゆくものかと思いました。 7月の青空禅フォーラムに、ごく初期の胃がんが見つかり内視鏡手術をすすめられておいでの地球環境学の高野先生が参加されました。さすが環境学の先生、持続可能な社会づくりのコツは問題を資源に変えること、折角がんが見つかったのだから、かねて関心のあったホリスティック医療を学び、死を生の糧とできるよう精進したいとのことでした。「がんは自分の体に他ならず、がんを憎むということは、自分を憎むことになるから厄介。ガンを憎まず自分を肯定するおおらかさが必要だろう。何故ブルドーザーで山を切り崩したり、干潟を埋め立てても平気なのか、やっと分かったような気がする。人が、自分自身の生命の声さえ聞こえなくなってしまったからだ。」ブログに書かれた、病を得たことでの気づきを綴られた文章が心に響きました。 「人間は、自分の細胞を信じていなくて、何であれ委(ゆだ)ねられないが、身体や細胞は智慧があるので働きの邪魔しないこと。日常の些細なことを大切に扱い、楽しみ感謝し、かすかな変化に気づくことが、身体、細胞の知恵の働きを邪魔しない感受性を磨くことになる」といった伊東ドクターの話に共感されていました。 フォーラムの数日後、「検査したところ、がんが消えていました。がん男くんは、私に身体の声を聴けというメッセージを伝えるために、内視鏡に映ってくれたのではないか思います。意識の変化と、沢山の人に心配して頂き、心をほぐしてもらったことが大きいと思います。」とのメールが届きました。怖れずに向き合うことの力、意識の可能性を感じました。 ポジティブ・シンキングは、単純に物事をプラスに考えると、時として怖れにふたをするだけということになりかねません。起こったことを否定するのでなく、事実を事実として受け止め、その意味への問いを持って生きる受容性は、自分の生を深めてくれます。神様に愛されているほど、いろいろ苦難がやってくるとか、超えられない苦労はない、とよく言われますが、今持っている自分の能力でできることだけをしていては潜在能力を引き出せず、万策尽きたと思うその時もあきらめないでいると、眠っていた能力が目覚めるそうです。中村かをるさんも、日常のささいなことを大事にしているとピンチをチャンスにする智慧が湧くと言われました。良いこと悪いことと分別せず、ただ起こっている目の前のことに一生懸命になること、つまりは今を大切に生きることが、人生を深めるコツかもしれません。 大いなる生命の海から生まれ、又そこへ帰っていく、始まりはたったひとつの細胞から150億年連綿と続いた宇宙の歴史の中で、奇跡のような確率で与えられた命を生きる旅人であるわたしたち。自分の中に答えがあるといわれますが、魂は、たったひとつの命を、よく生きたいと願い、常に語りかけているのだと思います。何かにとらわれたり、依存して、人生の下駄を預けることなく、自分のいのちを信じて、旅の途上起こることに無駄はないと、与えられたいのちに感謝し、受け止め、日々を楽しみ、丁寧に生きることが、かけがえのない自分を深く生きることでしょうか…。
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「からだは神殿」 |
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| ゴールデンウィークに久しぶりに新潟へ清水義晴さんをお訪ねしました。脳出血で倒れられて8ヶ月。外泊許可を取られた義晴さんと、えにし屋で鍋を囲み、7名でワイワイ賑やかに過ごしました。その折に、仕事関連の話題になると、少しむせられる様子に、食べることに心を向けていないと飲み込みづらいのでは、と感じました。健康な時は、仕事のことを考えながら食事をしたり、急いで食べても、さして不自由を感じないで過ごせます。でも、気づいていないだけで、きっと身体には負担をかけているのではと思いました。 からだのことをもっと知りたいと思っていた矢先に、“アレクサンダー・テクニーク”に関する本を頂きました。とても興味深く、実際に体験したくて、名古屋でのワークショップに参加しました。 「アレクサンダー・テクニーク(AT)」とは、人が気づかずに続けている体のクセをほどき、からだを解き放つテクニックです。伸びやかな姿勢で、明るい表情の先生が、理科室にあったような人体模型の頭の部分をとり、「ここを触って!」首の先端の少し幅広の第一頚椎(けいつい)に、指がはまる位の二つのくぼみがありました。「ハイ、次はこちら」頭蓋骨の頚椎とつながる部分には二ケ所のふくらみがありました。 「えっ、頭ってこんなに軽く首に乗っかっているだけ?!」もっと固定されているように感じていました。この頭蓋骨と首の軽いつながり―トップジョイントというポイントを意識するように、先生が耳の後ろにそっと手を触れられ、リードされるまま首をゆっくり廻すと、普段は固い首が、すーっと伸び、軽々と後ろに廻りびっくりしました。骨を知ると筋肉が緩み、自由に動けて、内なるバランスをもっと感じることができるそうです。なんとすごいメカニズムでしょう。 「立つことを考えないで、ただ座って。」正座から立つ動作の時、座っている私に先生の一声。座りながら既に、どうやって立とうか、昔習った良い立ち方は…等々、いろいろ頭を巡らせていることが、そっと添えておいでの先生の手に伝わっていました。「座る時は静かにただ座り、上手に立とうと思わないで、からだの自然な動きに身を任せて…」との一言に、自分の心グセが体に現れていると思いました。目的に突っ走らない、プロセスが大事と、いつも口にします。頭では、そう思っています。けれど、思っているだけで、してはいないことを、私の体は正直に表現していました。 「ATは、何かを付け加えるのでなく、やっている余分なことに気づき、やめていく引き算のワークで、正しいと思われることをするのでなく、間違ってクセになっている、自然な動きの邪魔になっていることに気づき、やめること。秩序は内面の自由から自然に生まれる」とのことに、ATは、心とからだの架け橋みたいで、動く禅のようでもあるなぁと感じました。 ![]() 感じることを忘れ、考えてばかりで、目的に向かって走り続け、身体の声を無視し続けると、楽しさが感じられず、生の実感が薄まり、生きづらさを感じるようになります。 私たちは、いろいろな“あるべき”に縛られ、わざわざ自分を狭くして生きていますが、からだの仕組みを知れば知るほど、人は自分の身体・心の所有者ではなく、宇宙の調和のバランスで活かされているものと実感します。心であれ、身体であれ、邪魔をしなければ、自然に出てくるその人らしさ。誰かに何かをしてもらって得るのでなく、立ったり、座ったり、歩く、といった日常の当たり前の自分のからだの動きを、静かな心で、今、自分が何をしようとしているか、何をしているか見つめることで、からだを通し、自分の心グセや生き方を知り、解放することができるというのは、なんと素敵なことでしょう。 身体は一番身近な自然であり、神殿でもあります。いつもさまざまなメッセージを送り続けてくれている“からだ”にお伺いを立て、身体を実感しつつ、緊張を解いて、本来の自分にかえり、可能性いっぱいに生きたいものです。 |
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| 参考図書「からだを解き放つアレクサンダー・テクニーク」谷村英司著 地湧社刊 | ||||||||
「祈りをこめて」 |
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しばらく静かだった地震が、また起こっています。今号のBeな人、林晶彦さんも阪神大震災で被災されました。予定してあったリサイタルのため、震災直後に名古屋に来られ、我が家でお風呂に入って「あぁ〜2週間ぶりのお風呂、気持いいなぁ〜」と満面の笑みを浮かべられた日が、つい昨日のように思えます。被災された方々を励ましたいと思いつつ、音楽に無力さを感じ、打ちひしがれた時期もあったそうですが、語り継ぐと共に、愛と勇気と希望を持って歩んで欲しいと願い、復興支援コンサートを始められ、4年目からの女優の竹下景子さんによる、被災者から寄せられた詩の朗読とのジョイントコンサートを、今も続けておいでです。![]() 15歳でバッハに出会い、17歳で渡仏。作曲・ピアノの勉強をしていた折、病に倒れ、生死をさまよう中で、神の声ともいうべきものと出会い、青く美しい地球をみるという体験をされました。この世の悲しみを越えたところからの希望とも言える声に魂がひきつけられ、パリからイスラエルへ渡り、その後中近東・インドなどで独自の音楽を探求し帰国。作曲とピアノ演奏の活動を始められました。初めて聴いた時、繊細で無垢な心が現れたようなピアノの音色に心が震えました。50歳を超えた今も、人と人の間に愛が育まれ、人と地球の本来のあるべき姿が回復されることを願って音楽活動をされています。 彼の文章に触れた友人の、「どうして辛いことや、悲しみにふれて、その辛さや悲しみから美しい音楽や詩が生まれるのか、とても不思議です」という問いに「どこかで傷ついた自分を、悲しみや痛みをも通しながら正直に表現していくとき、人々と共感しながら、自分も癒されるのかもしれない。傷つき悩んでいる人の為に、何か自分が役立てたらと願っています」との返事でした。「世界が全体幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」という宮沢賢治の祈りを、林さんは、音楽を通じて実践しておいでなのだなぁと感じます。 今も心に残る、シスター渡辺和子先生のお話です。アメリカの修道院で修業されていた折、テーブルにお皿とナイフとフォークを並べていた時に、先輩のシスターから「何を考えていますか」と問われ、「何も考えていません」と答えたところ、「それは時間を無駄にしていると同時に、仕事に愛がこもっていないですよ」と言われたそうです。「ただ漫然と並べるのでなく、その席につかれる人の為に、心の中で“お幸せに”、と祈りながら置く。ひとつひとつの仕事に愛を込める、時間に愛を込めることを教わりました。祈ることにより、その席に座る人が幸せになったかどうかわからないけれど、私はその人が幸せになると信じました。これは、私にとって一つの信仰になりました。」といった内容でした。 「人間は、人からだけでなく物ともエネルギーを交換しており、大量生産品で安いからと求め、雑に扱っている茶碗と、心を込めて作られた茶碗では、エネルギーが違う。どういうものに囲まれて暮らすかで、心も身体も受ける影響は違ってくる」と23号のBeな人、伊東ドクターから伺いました。 人間は、潮の干満、月、季節といった宇宙のリズムに合わせて鼓動しています。激動の時代は大災害も多いといわれますが、自然だけでなく、物とさえエネルギーを交換しあっているのだとしたら、人の心の荒(すさ)みと自然界のエネルギーが呼応して大災害が起きるのではないかと思えてなりません。 想像しているより数多くのことが祈りにより実現されると言われます。林さんは、人が国や民族・宗教を超えて通じ合い、結び合える夢を持って祈りをこめてピアノを弾き、作曲をされ、またシスターは祈りを込めてお皿を並べます。 それぞれに、祈りをこめて日々の営みをすることで、心の荒みが少なくなり、平安な社会が生まれるなら、ひとりの営みはなんと素晴らしく、重いものでしょう…。 |
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受け継ぐこと |
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京都のある会で、創業200年という老舗の御菓子屋さんの7代目社長さんとお目にかかりました。「家訓がおありなのでしょうね」思わず伺いました。「あります。永続を第一に、投機に走らないことです」とのお返事。「バブルの頃は、周りがそれで利益を上げているのを見て、悔しい思いをしたこともありますが、今はそれが良かったと思います」とのことでした。「7代のうち想像が付かないのは、初代と二代のみで、それ以降は、先代、先々代の話しから姿が浮かびます。創業来のお菓子は姿を変えず、いかに質を高め、深めるかに力を注いでいます」とのお話に伝承の力を思い、「いつも七世代先の人々のことを念頭におきなさい」というネイティブ・インディアンの言葉を思い出しました。![]() 耳を疑うようなことばかり続く昨今のニュースに、社会が荒んで、刹那的になっているようで胸が痛みます。200年続いた御菓子屋さんのみならず、以前はどこも信用を第一に、といった家訓、社是を大切に仕事をしていました。卒業後就職した会社で、お世話になった上司から、「余人を持って替えがたい仕事をしなさい」と教えて頂いたことが今も耳に残ります。日本人は、自然への畏怖の念を持ち、仕事を通じて自分を高める“道の思想”を持っていたのが、何故こうなってしまったのでしょう。効率化が進み、人を労働力という言葉でくくり、利益を上げることが第一義で、信用や倫理観はないがしろにされるばかり。他人の家に土足で上がるような買収劇、負け犬とか、ワーキングプアという優しさのない言葉の氾濫は、どれほど人を傷つけることでしょう。生き方と働き方が乖離して、人がいのち穏やかに暮らせる社会が遠のいてゆくばかりです。 貧しかったけれど、今思えば何とも言えないゆとりが感じられた祖父たちの暮らし。人が豊かに暮らすための手段であった市場やお金に、何故これほど振り回されるようになってしまったか、資源の無駄遣いのように思える相次ぐモデルチェンジ、IT化でゆとりが出るかと思ったのが、より忙しくなるばかりなのは何故、いろいろ考えていた折、内山節さんの本と出合いました。 「資本主義的市場経済は、時間と共に拡大することが正常とするシステムで、変化に価値があるかのような景色が生まれ、過去の時間は蓄積されるものから、使い捨てられ消費されていくものへ姿を変えた。現代は、仕事を暮らしの有用性・有効性のためでなく、利益・出世の道具にして、利益の為、自然を含む他者の世界を壊してきた。効率に追われ、日々をこなすだけで精一杯にすることにより、原点から考え直す余裕を失わせ、それを経済システムの強さにしている。」疑問に感じていたあれこれが腑に落ちる本でした。 「近代国家は、異文化を壊し、敵の文化を同化させ、自分達が中心にいられる世界システムを作り出すことが、戦争という仕事の一面である。現代社会の基本システムである、資本主義と近代国家どちらも伝統的な関係の世界を破壊することにより発展してきた」という文章に、グローバリズムはまさに戦争なのだと感じました。 かれこれ10年前テレビ番組で、チェリストのロストロポービチさんが、「現在は人間関係のターニングポイント。地球は一つの家庭。わたしたちはみんなの地球に住んでいる一つの家族。これまで一つの国は一つの家のようだったが、今日我々は別々の家でなく地球という一つの家に住んでいる。別々の部屋に居るが一つの台所を世界中で共有している。」と話された言葉にとても共感しました。環境が問題視され始めた頃、私たちの生存条件である環境問題に取り組まなくては大変なことになるので、共通の課題を持つことで、世界平和の糸口になるのではと思いましたが、現実は逆行するばかりでした。けれど、アメリカ元副大統領ゴアさんの映画『不都合な真実』」が全世界で話題になり、日本でもさまざまな動きが出始め、今号のBeな人、神さんが、知ったことで行動しないではいられず、戦争体験者の声を受け継がれているように、知ることは力なのだと思います。 過去の営みが受け継がれ、蓄積され、いのちのおだやかな世界につながるように、学び、できることをして、未来へバトンを渡したいと思います。 |
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| 参考図書「戦争という仕事」内山節著 信濃毎日新聞社刊 |
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「絶つこと、捨てること、 ゆるむこと」 |
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| 今号のBeな人伊東充隆さんと、22号に登場して下さった岡部明美さんのコラボレーションによる半断食・瞑想セミナーに参加しました。八ヶ岳にある心地よい空間で、穏やかな気に包まれて、身体と心の変化に寄り添う、宝物のような三日間でした。 「伊東ドクターは人を“心と体と魂”からなる三位一体の存在とみて全体性を診て関ってくれる医師です」という岡部さんの言葉と、薬草風呂、瞑想、心身のエネルギーバランス等が分かるキルリアン写真や、光と色のセラピー等々の内容に惹かれ、お腹がすくと電池切れのようになってしまうのもなんのその、いそいそと出掛けました。 “量子医学”を広めたいというドクターの講義は本当に面白く、2時間があっという間で、一日中聴いていたいと思う程でした。「生命体は飢えがベースにあるので、基本的に取り込む方にエネルギーを注ぎ、情報も追い求める。苦手だけれども、捨てることが大切」とのお話に、ごちゃごちゃの我が机の上と、何かと騒がしい頭の中を思い納得! また、「身体はその人の思考そのもの、いわば“思考・感情の立体写真”であり、全身で考え、行動し、感じている。例えば自分の身体は弱いと思っていると、それに応じた物質が分泌されるので、気にし易い自分の心を修正することや、ゆらげる感受性を持つことが大切である。頭より腸がえらい!」といった話しが響きました。神経伝達物質は脳で10%、腸神経節で90%作られ、腹脳(腸)は幼児期に成長が止まり、感情を素直に出せないで育つとみぞおちでブロックしてバリアを作り、感情が脳とお腹を行き来せず、病気で表現するようになるそうです。慢性緊張状態を解くカギは、脱力・リラックス・緩め・捨てることで、大人になってからでも、バリアは解消できるとのこと。そんなお話に、人間もミミズと同じ、元は腔腸動物で、腸が整うと生命力が高まる、といつも腸の大切さを口にされる微生物の平井先生の言葉が浮かび、やはり腸がベースなのだと思いました。 講義後、手足のキルリアン写真撮影や、特製薬草風呂のベース作りのお手伝い。全員で、大きなボールに山と積まれた大根やりんご、しょうがをおろす共同作業に、参加者同士もすっかり打ち解けあえました。思いがけない玄米おにぎり1ケとお味噌汁の夕食には、思わず歓声が上がりました。ひと口ひと口、かつてないほど味わって頂きました。薬草風呂は芯から温まり、身体ほぐしや解毒効果のある施術を受け、瞑想して11時就寝。 二日目は朝のお散歩から始まり、再度薬草風呂や身体ほぐし等。にんじん・りんご等の特製ジュースは忘れられない美味しさでした。参加された方達の顔つきがどんどん変化し、柔らかな表情、自然な笑顔で、見惚れるほどきれいです。 午後、頭が重く痛くなり黒砂糖が効くとのことで、持っていた黒砂糖くるみを一片口にしたところ、ものの1分と経たないうちにスッキリしたのに驚き、食べ物の力を今更のように実感しました。丁度その頃、頭や心のざわめきが消えていることに気づきました。腸が忙しいと、脳も忙しくなるのかと思いました。 他にもいろいろな体感・実感・気づきがありました。身体は固体で、外部から閉ざされたものと思っていますが、素粒子レベルで見れば、ほとんどスカスカで空間であるとも言え、イメージで自分が充たされていたいと思うエネルギーを取り込み、心に喜びの種を植えて育てれば、不安・苦しみは出て行くというお話に、心が軽くなりました。 「私は空間」と思うと、バリアが消えてとても心が広がり、つながりあっているという実感が湧きます。場の雰囲気を察知したり、他者と同調したりするのは、空間だからなのかなと思いました。 また、水も鉄鉱石も地球(大地)とつながっている時の分子は、素粒子レベルで見ると右回転しており、離れると、左回転し始めて老化(腐敗・さび)してゆくそうです。人間も自分は孤立していると思うほど病気になっていくとのお話に、スリランカでは、悪魔は孤独な人に憑き、病気になると考えられていて、病気の人のところへ祈祷師や村人が出掛けて悪魔祓いの後、お祭りのようにして大笑いすると病気が治るという話を思い出しました。 「幸せに原因はいらない。苦しみと共生しても良く、今幸せになる。それが最大の解毒である」というドクターの言葉に、病気のままで幸せという「べてるの家」のメンバーを思いました。断つこと、捨てること、ゆるむことの力を体感し、身も心も軽くなって帰路につきました。 |
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からだは何でも知っている |
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今号のBeな人岡部明美さんは、脳腫瘍から奇跡的な回復を遂げられたものの三年後に再発。もう手術はイヤだと、さまざまな代替医療や心のワークを試されて多くの気づきを得、腫瘍に「いろいろ学ばせてくれてありがとう。もう消えていいよ。」と心を込めて語りかけるうち影が消えたそうです。私は20代に毛穴が全部湿疹になったかのような症状に悩まされたことがあります。病院で検査しても原因が分からず、主治医の先生から、「もう病院へ来ない方が良い、他の病気になりかねないから」と言われた時、きっと心が原因に違いないと思いました。その時一番気に病んでいることは何かを考え、「きっとこれだ」と思い至った途端に湿疹は消えていきました。その後も同じような経験を重ねるうちに、私は自分の中にある自然治癒力を信じるようになりました。 「人間の意識はたかだか数十年の記憶しか持たないが、身体は数十億年の記憶を持っている。身体は頭より一億倍物知りなのだから、身体が気持いいと言ったらおとなしく従う」という文章を読み、「お見合いして付き合いを続けるかどうか見極める尺度として、その人の手がどこかに触れた時イヤでなければ先ず付き合ってみましょう」という30年も前に読んだ、ある一節に妙に納得したことを思い出しました。身体の筋肉反射を使って、答えをその本人の身体に問いかけるO-リングやキネシオロジーといった技術があります。それを使って、その人にあう薬をチェックするドクターもおられますが、その人に合うものや、正しい答えだと筋肉に力が入り、合わないもの、嫌いな言葉、間違っている答えだと力が抜けます。そのテストを行うと、身体はどんなことも知っているし、答えは自分の中にあることを実感します。先日、岡部さんのミニワークショップで、面白い体験をしました。二人組になって最初は何も意識せず、相手の背中にただ手を置くだけ。次は前に座っている人を嫌いだとか、いやな人という気持ちを込め、最後は愛を込めて手を置きます。その時々背中に置かれた手から何を感じるかというものです。私が組んだのは、以前からご縁があるものの、じっくりお話したことはない旧知の男性でした。最初に置かれた手からは、包容力を感じさせる大きな手だなぁという感じ。次に、マイナス感情が込められたら身体が固まっていくようで、一刻も早くこの手から逃げたいと思いました。最後、心のこもった手が置かれた時、細胞がざわざわと沸きたってきて温泉に入っているように熱くなり、その人と出会えた気がしました。相手の方は、私がマイナスイメージを送った時は、まるで物を触るかのように触れられている感じだったそうです。送り手の私も、腕が段々固くなって自分の手が物になったようで、とてもいやな気分でした。愛を込めると気持ち良いのです。マイナスイメージもプラスイメージも受ける側だけでなく、送る側も同じような感覚になることが驚きでした。互いに響きあい、感じとる力を誰もが持っているものと思いました。 「からだって最もその人の魂に近いものかもしれない。からだは本当は何でも知っている。一つひとつの細胞には、その人が生存する為のあらゆる知恵と意思があり、その人の人生の終わりの時まで、それこそいのちがけでその人を守る」気づきのノートに岡部さんが書かれた一節です。からだは本当に不思議です。何も意識しなくても休むことなく働いてくれて、小さな赤ちゃんが大人になっていきます。からだは神殿とも言われますが、いのちはより良く生きようという願いを持って生まれているからこそ、答えは自分の内にあるように思います。どうしようか、行き暮れたような気持の時は大抵からだがこわばって、深い呼吸をしようと思ってもできず、美しいものを見ても感動できず、何が楽しいか、嬉しいかも分からなくなっています。心が軽やかなときは、まるで羽根が生えたよう、と形容されるように身体も軽やかです。深くつながりあった、からだとこころ。からだの声に耳を澄まし、自分の魂が語りかける声に耳を傾けてみませんか… |
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| 参考図書:「もどっておいで私の元気」岡部明美 善文社刊 「私の身体は頭がいい」内田 樹 新曜社刊 |
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しなやかに生きる |
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| Beな人、小山田さんはじめ、今時の若い人はステキだなぁと感じることが続いています。 友人の紹介で連絡を下さったマイ箸基金の神谷さん。「近いので自転車で行きます!」当日は雨のため、電車で来られましたが、想像通りナチュラルな素敵な女性でした。二年前マイ箸運動のことを知り、年間250億膳もの割り箸が使われ、その9割以上が中国からの輸入で、その為の森林伐採の現状を目にして、「なんとかしなきゃ」と活動開始。手製の箸袋をプレゼントすることから始め、より輪を広げようと「マイ箸セット」の販売と、売上の10%を森林保全に使う「マイ箸基金」を始め、4月から仕事も辞めて専念されています。マイ箸だけで問題が解決するとは思わないけれど、気づいたことを取り敢えずやってみなければ何も変わらないと、色とりどりのお箸セットを広げながら元気に話される様子に、会社のかあさん達も、若い人がよくまぁ、と感動しきりでした。 続いて、やはり友人の紹介で東京から訪ねて下さったNPOトージバ代表の渡邉さん。バックパックで世界を旅する中、日本、特に都会には日常的に人が出会える場がないと感じられ、人が出会い、知恵、技術、個性を交換しあい、互いに高めあっていく、地域に密着した日常版「湯治場」を目指した場作りを発案。遊休耕地を借り、大豆オーナーを募集し、みんなで地大豆の種をまき、収穫して味噌を作る「大豆レボリューション」という都市と農村をつなぐ活動、廃業した銭湯を利用した銭湯カフェ、渋谷の朝市等多彩な活動をされています。パワーと、少年のような純粋さがとても印象的でした。 そして、メールでやり取りしていた「フィリピンと日本を結ぶビデオ・プロジェクト」をライフワークとされている神直子さんともお目にかかりました。文章通りの柔らかな空気の方でした。「日本人なんか見たくなかったのに、何で来たんだい」泣きじゃくる老女達との出会いから始められた、元兵士の言葉を届けるビデオプロジェクト。過去の体験を語って頂く中で、戦争を知らない世代も多くを学ぶことができると、平和の広がりを願い活動されています。「時を越え、世代を超えて、想像力さえあれば感じることができる。そんなつながりを広げていければと思います。日本人の思いと、世界の人達の思いを、共に知り、共有していくことも大切。『語り継ぐ人』になっていくために、感じるココロを、想像するチカラを、いつでも、いつまでも柔らかく持っていたい」ブログに書かれていた言葉が心に響きました。五月に開催した微生物の平井先生の講演会に、愛知学院大学の学生さんも7名参加して下さいました。宇宙の視点から、いのちを、環境を伝えておいでのお話が、若い人にどう受け止められるか気にかかっていたところ、4回生のHさんから感想が届きました。 「講演会直後から自分が変わったように思います。『生命は宇宙からの預かりもの』と考えるようになってから、自分に対して預かりものだから大切にしようと思え、甘えではない「優しさ」と同時に「厳しさ」を持てるようになりました。また、人のためにどうすればよいのかについて、少しずつですが考動する余裕ができました」スポンジが水を吸収するようなしなやかな感受性。「Hさんの気づきこそ、仏教用語で言う転生出離で、自己中心的視野から如来(宇宙力)中心の視野で生きる覚悟の完成です。これは大変なことです。うれしいです。この価値観の転換以上に若者及び、この社会に貢献できるものがあるでしょうか。」先生から届いた早速の返信です。 行動の原動力には、体験して感じることがとても大切で、人に会い、本質に触れ、心が動いた時、想像力も、一歩踏み出す力も湧いてくるものと改めて思います。一人の力は小さく見えて、とても大きいもの。まっすぐな一途さ、ひたむきさは閉ざされた扉を開き、渦をつくってゆきます。年齢を重ねるにつれ身体がこわばるように、心もこわばらせがちですが、しなやかに、感じるココロを、想像するチカラを持ち続けたいと思います。 もし私がそれをしなければ 誰がそれをするだろうか もし私がそれをしないなら いつそれをすべきであろうか もし私が自分自身だけの為に それをするなら 私とはなんであろうか(ヒレル) |
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| マイ箸基金 http://ecoactionnews.net/nstyle/blog/myhashi トージバ http://www.toziba.net/ BRIDGE FOR PEACE http://bridgeforpeace.jp/ |
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| 情緒豊かに… | ||||||||
| きらめく五月の森で三日ほど過ごしました。着いた初日、コナラの木立は輪郭がぼんやりとして萌黄色のベールをまとっているようでした。翌日、赤ちゃんがにぎりしめていた小さな手を開いたかのように、おずおずと黄緑色を帯びた葉を広げ始め、三日目には枝先まで鮮やかな黄緑色の葉に被われ、堂々とした初夏の装いとなりました。 日頃こんなにじっくりと一本の木を見つめ続けることはなく、刻々と移り変わる様を目の当たりにしたのは初めてで、自然とともに暮らすと、ほんの僅かな差異に気づき、微かな変化から兆しを読み解く洞察力や、情緒が育まれてゆくだろうことを実感しました。 藤原正彦さんの著書『国家の品格』に、日本は世界で唯一の「情緒と形の文明である」として今日本に必要なのは、論理より情緒、英語より国語とありました。「日本の胡弓は日本ならではの美しさ、独特の落ち着きがある」今号のbeな人−石田音人さんから伺い、日本ならではの「情緒」とは何か気にかかり、感性論哲学の芳村思風先生に伺ったところ、情緒とは“心のあり方”で、自然と人間がふれあい一体化して、感情的にではなく、理性で意味・価値を見出し、感性で味わって初めて生まれるものであり、日本人は情緒を創り出してきたとのこと。人間も自然の一部なので、人との関りの中で “心遣い”という情緒が鍛えられ、情緒に基づく“立ち居振る舞い”が文化なのだそうです。 「日本語のリズムは日本人の持つ生命のリズムであり、意味の込められた言葉を美しく語り、日本語を熟達させることが大切である」とのお話に、「教科書から樋口一葉が消えると聞いて、こんなきれいな日本語が読まれなくなっては大変と、一人芝居を思い立ちました。」女優の奥山眞佐子さんが語られた言葉と、作品をビデオで観て、使われている日本語の美しさ、割り切れない気持の葛藤や、けなげさなどに、私たちが失いつつあるものが凝縮されているように感じたことを思い出しました。 「“言葉”は、“同じ”であることを基とする意識(概念)の世界と、“違い”を基として小さな差異を大切にする感覚世界をつないで微妙なつりあいを保っており、言葉が多様性を失うと文化・価値を失い、世界はひたすら同一化してゆく」養老孟司氏の本にありました。断片的な言葉のやり取りになりがちなメール一辺倒の風潮、言葉が豊かさを失い、荒っぽくなっていること、本が読まれなくなり国語力が落ちていることの危うさを思います。 「“多様性”とは、さまざまな“違った”ものが調和的に存在する、できる状態である」との文章に、「障碍のある子供達に合唱指導をしていた時、一人一人は音程が取れなくても、好きに歌わせると音域が広がり全体で調和するけれど、音程がすごく正確な人は鋭すぎて、他の人とのほんの少しの音程のずれが不協和音になる」と石田音人さんから伺い、興味深く、共感を覚えたことを思い出しました。 「日本民族は情の民族で、創造とは情緒に形を与えることであり、芭蕉の句は、自然が心の中にあり、調べがある」数学者の岡潔先生の言葉です。豊かな自然、四季折々の美しさに恵まれ、自然への畏怖の念と共に生きてきたからこそ、万葉の昔から表現しないではいられない想いがあふれていたのでしょう。情緒を失うと、日本語も文化も失いかねません。「かそけき」「はかない」「もののあはれ」など英語で表現しがたい日本語にこそ、日本人の大切な心が込められているように感じます。鮮やかに彩りを変えてゆくこの季節は、自然を味わえる、またとない季節。散歩をしながら俳句の一つもひねってみてはいかがでしょうか… |
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簡素生活は エッセンシャルな暮らし |
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「簡素は清貧ではなく、素(=エレメント…要素、元素、本質など基本的なもの)、をえらぶ(=選ぶ、簡ぶ)こと。簡素生活は文字通り、大事なものを選ぶエッセンシャルな暮らし…」北海道阿寒山麓の奥地で自給自足の暮らしをしながら、緑(りょっ)健(けん)文明を提唱・活動されている草刈(くさかり)善(ぜん)造(ぞう)さん(92歳)に教えて頂きました。 最近よく目にするLOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability)とは、健康と持続可能性を大事にしようというライフスタイルですが、草刈さんは半世紀にわたり、生かされていることに感謝し、農的暮らしを実践しながら戦争のない、緑豊かな世界の創造を提言され、昭和39年から毎月発行して450号を超える「緑健文化」という通信で、さまざまな農的暮らしのあり方や、持続可能社会を目指す各地の多彩な人たちの文章を掲載し、発信し続けていらっしゃいます。 草刈さんからいろいろお話を伺ったのは、2004年の集団創造化プログラムに参加して下さった折でした。まさか90歳を超え、キブツの研究者で札幌教育大学の名誉教授でもいらっしゃる方が受講されるなんて夢にも思いませんでしたが、これから始めようと思っている緑健文明ネットワーク作りに役立ちそうに思われるので、という理由で参加して下さいました。敗戦直後、石原莞爾が提唱した「新(真)日本建設三原則―@都市解体(国民皆農)A農工一体B簡素生活」に深く共鳴され、以来簡素生活を実践してきて、健康で、至福の気持ちで目覚める感謝の日々を過ごしており、ぜひこの生活スタイルを広めたいという想いで一杯だそうです。以前京都で昼食をご一緒させていただいた折、1000円あれば1週間暮らせると話されたほど、つつましい暮らしをされながら、農的暮らしを望む人がいつでも入植できるようにと提供できる土地を準備しておられ、「貧しくて進学できないと思っていたが大学まで進め、戦場にも行かず生き残ったので、以後ご恩返しの人生です」と話された言葉に、草刈さんの思想の重みと深さを感じました。 簡素生活がなぜ平和と健康をもたらす人間づくりかといえば、大自然に対する謙虚さ(調和)が健生をもたらし、人間に対する謙虚さが平和を培うからだそうです。平和の為には、「欲望の文明」から謙虚、節約、抑制を核とする「抑制の文明」へと人間生活を転換する新しい世づくりが必要であり、それは生活の全てを「ありがたく」感謝し、ことごとく「もったいない」と活かしきり、大自然の摂理に従って楽しく簡素生活することで実現するという信念に基づいて活動されています。 カリスマに頼らず、仲間で深く話し合い、知恵を出し合い活動していくことを目指し2005年秋に山梨県芦川村で開催されたゼミナールに参加しました。前日にフランスから戻られたばかりのマクロビオティックでご活躍の80歳の女性、「咀嚼(そしゃく)は少食ですみ健康になり、世界を救う」と熱く語られる原発推進派から問題を知って反対派になり大学を退官された原子力研究者、家庭内離婚の子供達を預かっておられるペンション経営者他、60歳〜80歳の方が20名中13人という年齢、性別、職業、地域ともさまざまな顔ぶれで、午後から夜も11時近くまで延々と話し合いが続きました。 表舞台では目を覆いたくなるような不祥事が続き、報道を見ていると社会全体が病んでいるかのような想いにかられますが、社会は、額に汗して地道な仕事を黙々とやっておられる多くの人に支えられ、芦川村に集われた人たちのように自分の場で、より良い社会を目指し、ひたすら実践し続けている人が沢山おいでです。92歳を過ぎた今も夢や希望が衰えず、日々至福で目覚め、未来の課題―戦争、自然破壊の根絶に取り組むことに頭が一杯で、老後のことなど念頭になく、新日本の夢の実現に向けて歩むことにのみ生きがいを感じていると言われる草刈さんはじめ、さまざまな修羅場をくぐって生きてこられた人達が未来へ続く道に真剣に取り組まれている様子に励まされます。 いただきます、勿体無い、お互い様といった言葉があるように、日本人は元来自然界の一員として生かされている自覚を持っており、簡素生活は日本人本来の生き方であるように思います。都会暮らしなので、自給自足はできませんが、自分の簡素生活を模索したいと思います。 |
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| 緑健文化研究所 〒085-1132 北海道阿寒郡鶴居村上幌呂 (0154)65−2353 |
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「自分を耕し続けよう」 |
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| 「鶴田さん?、今も頑張ってる?!」元気な声が電話の向こうから飛び込んできました。現代創作手織「さをり織り」創始者の城みさを先生からの思いがけないお年賀電話でした。57歳でさをり織りを始められ、今年93歳になられる今も次々挑戦されています。 80歳の頃に伺った「この歳になったから見えてきた風景がある。」という言葉が今も忘れられません。昔のように一生懸命働いて、一段落したらお迎えが来た時代と違い、中年以降が長くなりました。新幹線に乗って途中の景色も味わわず、ゆっくり触れ合うことなく目的地についてしまうような人生を送る中で、人とも自分とも深くつながることが希薄になっていますが、何の為に生きるのか、いかに死ぬかを問うことなく、よく生きることはとても難しいのではないでしょうか。 『海辺のレッスン』という本を紹介されて読みました。自信を失った51歳の著者が、92歳の陽気で知的でユーモアあふれた女性(ジョーン・エリクソン)と出会い元気になるお話です。「遊びいっぱいの活動が一番いいわ。だってそういうものにはゴールもなく、結果も分からず、ファンタジーや想像力や発見に満ちあふれているもの」、「自分の知っていることを人にも分け与えなさい。わかちあうことに本当の喜びがあり、人はどの段階にいても他の人に頼っており、人のつながりから本当の成長が起こる。相互依存のないところには何も生まれない」等々とても心に響くことばかりでした。 感動していたところへ城先生からのお電話で、さおり織りのスローガンを思い出しました。「機械と人間の違いを考えよう」「思いきって冒険しよう」「きらきらと輝く目をもとう」「グループのみんなで学ぼう」です。57歳から始められた事が、多くの人の力を引き出し、これほど広がったことに励まされます、とお話したところ「誰もやっていないことをしたから広がった。どうしてこんなに楽しいの、よく“さをり織り”を創作して下さった、と言われるけれど、織り始めた人たちの喜びは、教えられたものでなく、自分の中から生まれた、自分のものを発見した喜びです。」と言われ、「核心を見つけ、仲間を見つけて、つながれば社会は変わる。」との言葉に、尚一層勇気づけられました。 人づくり、まちづくりから教育再生の実践をされている高校教師の浦崎さんは、「子供は正常で今も大人の背中を見て育つ力を持っており、まねる力を持っているからこそ、いろいろな問題が起きているのだから、大人が健全になること。自分の殻に閉じこもっていた大人が、殻を打ち破り、かつて見うけられた絆を回復していくことが大切」と言われます。バブル以降あまりにも節操がなくなり、大人の世界からルールや、背筋を伸ばした生き方が失われてきました。いくつになっても、常に問いを持ち、人格を磨き、夢を語り続ける人や、「とてもかなわない、あんな大人になりたい」と憧れられるような大人が増えることがとても大切なのではないでしょうか。脳の研究によれば、ニューロンには終わりなく変化を続け、創造的に自分を変える力(可塑性)があるそうです。「従おうとするもろもろの流れを跳ね返し、自己制御の監視を和らげ、時には爆発することを受け入れること。これが私たちの脳にすべき大切なこと」という文章を読み、まさにジョーン・エリクソンさん、城先生のありようだと思いました。 いくつになっても誰でもない自分で、自分という作品を創造し続けられるとはなんと素敵なことでしょう。遊び心いっぱいに、夢を食べ、自分を耕し続け、新たな自分と出会いたいものです。 「人生は自分を見つけて事足りる」―城みさを |
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参考図書:「海辺のレッスン」ジョーン・アンダーソン著 ソフトバンク・パブリッシング刊 「わたしたちの脳をどうするか」カトリーヌ・マラブー著 春秋社刊 「教育再生は大人の関係性回復から」浦崎太郎著 博進堂刊 |
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‘行’の力 |
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目のきらきらとした、とても素敵な女性と出会いました。「日本を世界一美しい国にする!」というのぼりを立て、10kgのリュックを背負い、北海道宗谷岬から沖縄まで徒歩で日本縦断中の若い小柄な女性です。雨の日も風の日も、ルートを決めてゴミを拾いながら日に2〜30km歩き、人と出会い、宿を探し、ゴミ袋が一杯になったらガソリンスタンドやスーパーで事情を話して引き取ってもらう旅の途中、新潟の清水義晴さんのご紹介で名古屋を通過される折にお目にかかれました。“ゴミを拾い、街を美しくして、出会いも拾う”が彼女のテーマ。お勤めしておいでの札幌の会社ではそれぞれのテーマを持って既に22名が徒歩縦断されたそうです。清水さんは「“行”をしているさわやかな若者集団です」と言われましたが、まさにそうでした。 お話を伺い、若い女性がよくもまぁ・・・と、ただただ感動でした。 初めての一人旅。歩くのも一人でいるのも苦手で、札幌では車の生活。そんな彼女がなぜ休職して徒歩縦断をする気になられたか伺ったところ、体験されたお友達から旅の途上届く便りや、電話の声、話し方等からどんどん生き方が変化していくのを感じ、自分もいつかと思っていた折、「お金を貯めてからと言っていたら、いつになっても行けない。無くなったら途中で仕事をすれば良い」という言葉に背中を押され、決意されたそうです。 歩くうち徐々に中学生だった頃の視点が戻り、昔の記憶が蘇りだしたことや、自分では淡々とした性格と思っていたのが、感情が豊かになり、ちょっとしたことに心が動くようになり自分自身驚かれたそうです。 箱根越えの折、通り過ぎた車の人から「自分も娘も身体が弱くできないけれど、歩けることはステキで素晴らしい」と声をかけられ、茶屋でお茶をご馳走してもらったことや、転んで怪我をして健康の有難さ、身体を大事にすることの大切さに気づき、歩く距離を短くしたら視野が広がり旅を楽しむことができるようになったそうです。 それまで自分で決めて縛られていた期限や距離から開放されて、寄り道ができるようになり、人と出会うことも、一人でいることも楽しめるようになったそうです。名古屋では日程をゆっくりして、そのうち一日を気になっていた記録の整理や、葉書を書く日に当てたらゆとりが出て、足も楽になり、立ち止まることの大切さも感じられたとのこと。 お話を伺っているうち、今号のBeな人グロッセさんが園芸療法について話して下さったことを思いました。現代人は、何かになろうとしすぎるけれど、ただある(在る)だけの植物と関り育てる「植物的時間」を共に過ごすうち、がんじがらめになっていた“いのち”が、バランスを取り戻し、そのままでいいと思えるようになる。淡々とやっているうちに、いろいろな想いは流れていって、その人に必要なものが自分の中から生まれるとのこと。 一人旅の彼女も歩いている時、考え事ができるかと思ったけれど、何も考えられず、色々な想いがただ流れてゆき、そのうち感情が豊かになって、心が動くようになってきたと言われました。お会いした時印象的だったのは、目の輝きと心の壁の無さ、無欲な表情の美しさでした。ただ歩くという行為をしつつ、脳や全身の細胞は、新しい土地、新しい出会い、何が起こるか分からないことに備え全開になり、いのちが躍動するのかと感じました。 “むそう”の戸枝さんから伺った話も思い出しました。水遊びが好きな自閉症の方に、それを禁止するのでなく活かせる皿洗いを仕事にしたところ、徐々に仕事の幅が広がり、友達にちょっかいをかけたり、寄り道するという通常はあり得ないとされる変化が起こっているそうです。自閉症の人が、それ程に行動の枠を広げられたのは、好きなことを続けられる場があるので気持が安定し、安心して世界を広げてゆけるのではとのことでした。 心が安定した状態になるから、脳がフル稼働して、新しい情報をどんどん取り込め、冒険できるいのちの仕組み。何かを目指すのでなく、ただ行なう中で、いのちが深まりその人の中に眠っている種を発芽させる身体を通した体験の力のすごさを感じます。 ただ歩く、ただ掃除する。黙々と同じ行為を繰り返す中に含まれる力。現代はいろいろなことがバーチャルになっていますが、人との出会いも含め身体を通してしか味わえないことが沢山あります。いのちの響きあいを楽しみたいと思います。 |
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時が紡ぐもの |
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雨不足の6月のある日、テレビ画面に映る干上がったダム底に現れたかつての村の名残。水底に静かに眠り続ける筈のものを目にしてショックでした。映像を見ながら、「ダム建設予定の村で、家々の解体が始まっています。少しでも救えるものがあればと思います…」地元の建築士さんのそんな呼びかけに、数名で訪ねた時のことを思い出しました。 こんなところがダムに?と思うような山里でした。ある一軒が解体作業の真最中。お昼休みの間に中に入らせて頂きました。「めぼしい物は古道具屋さんが持っていったヨ。」とのことでしたが、あれもこれも勿体無いと思うものばかりでした。黒光りする天井の梁、すりガラスがはめ込まれた板戸、火鉢、大工さんだったおじいさんお手製の工具小屋、真新しい木の切り株。太くて立派な梁に、えっ、これも壊してしまうのですか?と思わず聞きました。それらを燃す為に庭に掘られた大きな穴が無残でした。 ![]() 1軒の家を壊すとは、長い時の積み重ねが失われることなのだなぁと思いました。この梁の木が育つまでの長い時間。家を建てようと思い立ったときの気持。地をならし、建て、住み継いでこられた何代かの人達の想い、手塩にかけられた日々。暮らしの数々の思い出や歴史が消えてゆくと思うと、とても切なく感じられました。自分たちのためでなく、遠く離れたところで使われる電気の為に、村全体で一体どれほどの時の積み重ねが消えるのでしょうか・・・。 我が家の電化製品は総じて長持ちです。20年来使っていたお風呂の給湯器が、とうとう動かなくなり見てもらったところ大した故障ではありませんでした。ちょっとした部品交換で、まだ使えるそうです。ところが、その部品が無いのです。生産中止で手に入らないとのこと。数千円の部品がないために、10万円以上する本体を交換しなくてはいけないなんて・・・。「直すより、安いですよ」携帯電話、家電品のほとんどはそう言われます。工賃の安い国で作っているからに過ぎない安さ。電気もそうですが、享受させてもらっている快適な暮らしを後ろで支えているあれこれを考えると気が遠くなります。 布団が東京都のゴミのNO.1であることから、東京の布団屋さんが「ふとんリサイクル協議会」を始められました。名古屋で打ち直しをされる布団屋さんを教えて下さいとの問い合わせに、そういえば時折看板は目にするけれど・・・という程度にしか記憶がないことに気づきました。想いを巡らせるうち、母の布団作りの手伝いをした幼い日のときめきを思い出しました。小さな真綿のほわほわの塊を母がキュキュッと引っ張った端を、押さえてと言われるままに妹と二人踏ん張っていると、まるで魔法のように小さな真綿が布団の大きさまで広がりました。それを布団の皮の上に敷き、打ち直された綿を置き、ひっくり返すと真新しい布団が姿を現します。綿がずれないよう縫い留めるのを待ちきれず、ふかふかのお布団でごろごろしたものでした。 モンゴル遊牧社会研究者小貫先生の会で知り合ったゼミ生の若者が大学を卒業、大きな夢を持って小豆島へ移住されました。畑を借りて種を蒔き、近所のおばあちゃんに教えてもらった“桃栗3年、柿8年、梅はすいすい18年”とつぶやきながら、僕という実はいつなるのだろうと暮らす日々や、職場の人が持ってこられた100年以上使い込まれ、ところどころ虫食いや傷があるけれど今も現役の「わりご弁当」を見て、自分は何を後世に渡せるだろうと想いを馳せた事等を綴った通信が時折届きます。 都会にいる頃は、何かに追い立てられるようで待つのが苦手だった麻里さんからは、「ブルーベリーの苗木を植えました。収穫できる頃には私もこの地になじみ、いつか立派な飯館ばぁちゃんになれるでしょうか」との便り。地に足のついた暮らしが育む力を感じます。 微生物研究者の平井先生は地球時間を忘れないように、時はエネルギーと、よく口にされます。現代社会は三分間のラーメンも待てないほどスピードが速まり、じっくり味わう時間が失われる一方です。蒔いた種が芽を出す前に捨てるような徒労感が虚しさをつのらせるように思います。 使い込まれた古いものは、新品のものには太刀打ちできない美しさがあります。丁寧な暮らしでゆっくりとした時間を取り戻し、一度しかない人生を深く生きたい。時が紡ぐものを結晶させたいと思います。 |
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| *「ふとんリサイクル協議会」 http://www.ecofuton.com/re/index.htm | ||||||||
人生はアート |
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| 「何にしますか?」どれもおいしそうで、迷ってしまうほど沢山のメニューが並ぶお料理のオーダーを取りに来て下さった、黒のTシャツ、黒いキャップに真っ赤なエプロンをきりりとしめた女性。待つことしばし、「はい、お待ち!」と運んで下さった元気な男性。お二人ともダウン症の方でした。今号のBeな人、戸枝さんが理事長をされている、アートスクェアむそうの中にあるラーメン屋さん「うんぷう」での一コマです。 初めてむそうさんへ伺った時、社会福祉法人に対する概念がガラガラと崩れました。おしゃれなアジアン家具や雑貨が並び、ギャラリースペースや、美味しいお茶やラーメンが楽しめる「うんぷう」のあるとても居心地の良い空間です。アジア雑貨をインターネットで選定されるのも障害のある方だそうです。 「ここは軽症の人ばかりでしょう?」とよく聞かれるそうですが、他所で断られるような重度の方が多く、「多分ほかでは仕事をするなんて考えられない人がほとんどでしょう。」との事でした。「障害があっても地域の中で、イキイキと生涯を全うする」を目指し、喫茶店&駄菓子屋さん、自然養鶏と卵の宅配、ラーメン屋さん等々、職域をどんどん広げておられます。「今度来られる人は、水や土いじりが好きだから“エコ班”を作ります」との言葉に、それぞれの人の特性にあったことを仕事にしておいでなのだなぁと、以前、さをり織り創始者、城みさを先生から伺ったお話を思い出しました。 最重度の脳性マヒで、ベッドに寝たきりだった青年が、車いすに二本の支柱を立てて首を固定し、作品展に来られたそうです。「指1本動けば織れるようにしてあげる」の言葉に、その時は唯一動く右手ひとさし指1本をたよりに、時間をかけて少し織られたそうです。その後、指1本で織れる機で織りを続けるうち左手が動き始め、食事が自分で取れ、とうとうワシントンで開催されたべリー・スペシャルアーツ世界大会に出かけて、帰国後は英会話を学び、詩を書くうち、身長が10p伸び、体重も10s増え、電動車いすで動き回るようになられたとのこと。人間の秘めた可能性はなんとすごいことかと思いました。 城先生は、「好きに、好きに織る」という自由性が眠っていた感性を引き出し、自発性を生み、人を成長させ、知的障害の方や自閉症の人たちがどんどん自分の世界を広げ、輝き始める姿を目にして、感性はDNAに含まれて生まれ、刺激によって増殖し、自発性によって更に成長することを実感。先天的感性と後天的知性を混同してはいけないと思われたそうです。誰もが最初から美しいものを見る目を持っていて、中でも障害者と呼ばれる人たちこそ、天与の純粋の感性を、汚染されるのを免れた人たちで、その無心の作品は自然そのもの、神の作品で素晴らしいのは当然と言われます。 初めて、さをり織りをした時とてもとまどいました。縦糸も横糸も自由に選び、すべて自分の思い通りにやるということにです。どんな色があらわれるか分からない、生み出す喜びより、どうなるのだろうという不安が先立ちました。どう思われるか…、そんな他人の評価が常に頭の中にあり、自由に、無心にという事はとても難しいことでした。知識を覚え、常に評価を気にする世界と、創造性を育む世界とは、何と遠いことかと思いました。 けれども、創造性は生命作用の一つのあらわれで、人は生きている限りは創造的であることを押えることはできないのだそうです。宇宙は変化しないではいられない存在で、常に創造しており、小宇宙である人間も又同じ、常に創造し続ける脳を持つ存在なのです。創造的であるとは、特別なことでも、難しいことでもなく、世界を今までと違った視点で見ることで、人間が創った二つと無いものはすべて”アート“なのです。 “好きにする”とは、宇宙とつながっている自分の魂の声を聴き、変化してやまない生命の営みを形にしていくことなのかもしれません。赤ちゃんのように、ワクワクドキドキしながら、自分のいのちを信じ、新しいものを生み出し、引き出し続けることが、与えられた生をまっとうすることかもしれません。 人生はふたつとないアート。思う存分、自由に創造したいもの… |
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| 参考図書:「感力へのめざめー答えは自分がもっているー」城みさを著 「脳と創造性」茂木健一郎著 PHP研究所 |
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今を味わう・・・ |
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| 最近、脳の働きと心やホルモンにとても興味があります。ことは、タンパク質の音の研究者との出会いからです。時折、体調を崩し、落ち込んだり、楽しさが感じられなくなると、根性が悪いからとか、感謝が足りないからと自分を責め、ますます落ち込むことがあります。それが、松果体や海馬に働きかけるタンパク質の分子構造を音に置き換えたものをしばらく聴くうち、とても気が楽になっているのに気づき驚きました。不調は、単純に言えばストレスが続くと副腎が機能低下し、脳の海馬がホルモンの影響を受けて萎縮し、うつ状態につながっていくからでは、とのことに「納得!」という感じでした。ごく微量のホルモンの働きで、心や、身体のバランスを崩したり、冬の日光不足でウツ状態になったり、春が近づけば身体も春の準備のホルモンがあふれ、木の芽時と言われる状態になります。命の仕組みのすごさと、人も自然の一部なのだと今更のように思いました。同時に、現代のように常にストレスにさらされ、化学物質が大量にあふれている社会で、心身ともに健やかであることの難しさを感じます。激しくなる一方の競争社会、常に目標を掲げ、幼い頃から勝つことが是であるという圧力の中で、ひとが、人らしく与えられたいのちイッパイに深く生きるにはどうあれば良いのでしょう。 脳に関する本に、「人の本質は変化することで、脳とコンピューターの決定的に異なる点は、外界に反応しながら変容する自発性にある。だからこそ、プロセスを大切にする生き方が、より人間らしい存在に直結し、問われるものは、結果そのものでなく、その過程にある」とありました。生きるとは、過去でも未来でもない、“今”、この瞬間を確かに生きること。その積み重ねが結果であり、過去です。山元加津子さんは「人間の素晴らしさは変わっていけることで、人は時としていろんな間違いをするけれど、誰かと会ったり、経験して変わっていける・・・。そんな時、その出会いはその人の人生において、なくてはならないもの」と書いておられます。今号のBeな人の紫帆さんは、自分が嫌いだったなんて誰のこと?と問い返したくなるほど、陽気で、いつも元気イッパイ。素直な心の叫びにふたをしてないで、勇気を出して試練や苦難と向き合い、一歩一歩と歩くうち、大きな力に動かされていることを感じ、自分を好きになり、夢が実現してきたそうです。 ![]() 今の多くの社会不安、病理について、屋久島で暮らされていた山尾三省さんは「時代が変わっても人は生まれ、成長し、年老いて死ぬ姿は変わらない。が、進歩して止まない文明をつくり続けるうち、文明の進歩についていくことだけが人生の目的であるかのようになり、個人としての心身が、循環する、一歩も進歩しない時間に属していることを忘れてしまうところにあるのでは」と書かれています。 2月のある日、冬枯れの道端で、5p足らずの小さな木に残った赤さび色の葉を縁取る霜が、昇ったばかりの朝の光を浴びてキラキラと光っていました。写真に残そうにも私の腕ではとても写せそうにない、心に刻むしかないひそやかな宝物のような光景に、心の中で、ワー!と叫んでいました。森の木々や、風のそよぎに、こみあげるような生きる喜びを感じる事がよくあります。何かを目指してばかりいると、じっくり人や経験と向き合う時間を失い、自分の人生を確かに生きている実感が乏しくなるように思います。つんのめって、急ぎ足で通り過ぎないで、今を存分に味わってみませんか?思いがけない宝ものと出会えるかもしれません・・・ |
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| 参考図書「本当のことだからーいつかのいい日のため宇宙の秘密」 山元加津子著 三五館 「海馬 脳は疲れない」池谷裕二、糸井重里対談 朝日出版社 「アニミズムという希望」山尾三省著 野草社 |
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| だれもが、人生の主人公 | ||||||||
| だれもが、人生の主人公 私、今日生まれたの 一分一秒のくるいもなく、今日誕生しました。 少しでもずれていたら、今頃健康だったかもしれない。 今の人生を送るには、一分一秒のくるいもなく、 生まれてこなければいけなかったの。 結構これって難しいんだよ。 12月28日 私の大好きで、大切で、しあわせな日。 今日うまれてきて大成功! 「すのう」に生まれてきて、これも大成功! (笹田雪絵) |
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縁あってエッセイ集の出版のお手伝いをさせて頂いた、笹田雪絵さんのエッセイの一節です。中学2年生でMS(多発性硬化症)という手足が動かなくなったり、目が見えなくなったりする病気になり、入退院を繰り返しながらも、せっかくMSになったのだからと、病気になったからこそ出会えた人、こと、想いを大切にしながら生き抜かれ、一昨年の大好きなお誕生日の日に、初雪の舞う中、多くの人に見送られ34年の人生に幕を下ろされました。「だれかが、だれかの人生にどうして責任なんて持てる?でも自分の人生に、自分は責任を持てると思う。自分で決めたならがんばれるし、だれのことも責めずに生きていける…。」そんな雪絵さんの生きる姿勢、どんな時も夢を持ち続けられる様子に、多くの人が、沢山の勇気と元気をもらいました。 自己実現、自分探しとよく言われますが、目標を掲げ、常に何かを目指す生き方は、時として“今”この時を味わう事を忘れがちになります。 「どんな日も、悪い日も、すべて私がいい日に変えてみせる。一生懸命さがさなくても無理してがんばらなくても、楽しいことや幸せはすぐそばにあるんだよね。楽に力を抜いて生活していけば、次から次へとやってくる。」という雪絵ちゃんの一文があります。はじめてお目にかかった時に感じた衝撃は、単にプラス志向とか、前向きに生きるという言葉を超えた、生きる姿勢そのものから醸し出される空気だったように思います。 雪絵ちゃんは、障害や病気の人は、楽しくないんじゃないか、うれしいことはないんじゃないだろうか、と思う人に対し「健康な人と同じくらい悩んで、同じくらい楽しいことがあるんだよ。」と自分の言葉で、その気持ちを伝えておいででした。 雪絵ちゃんの先生で、親友でもある山元加津子さんは、養護学校の子供たちの素適さを伝えておられ、障害のある子供たちは、“人間はみんなステキなんだ”ということを教えてくれていると思うと言われます。「『どんなに科学が進んでも、ある割合で障害を持つ人や病気の人が生まれ、自分の代わりに障害や病気を受け取ってくれた人にみんなで尽くさなくてはいけないと思う』という遺伝子科学研究者柳澤桂子さんのお話に、病気や障害は、“大きな力”が宇宙や地球や人類の困難を助ける為生み出しているものかもしれず、それこそが、誰もが生まれてきたのには理由があることの説明ではないかと思われたそうです。 「生きるということは、 昨日や明日やあさってや、たくさんの日にさまざまなことがあって、出会うべき“ひと”や“もの”や“こと”に出会って、お互いにいろいろなことを学んで、少しづつ死んでいくこと・・・両親の遺伝子が組み合わさり、たくさんのさまざまな人が生まれるのは、違う人と出会うことで、いろいろなことに気づき、変わっていけるから、宇宙がそのことを必要としているに違いないと思う。 私は私で大正解。私は私で大成功。私は私の人生を力一杯、きらきら輝きながら生きていきたいと思います。そうすれば私の明日が、素晴らしい宇宙の明日につながっていくに違いないのです。」と著書に書かれています。 人生はドラマ。一人一人が主人公。一生かけて自分になる、あなただからこそできる旅・・・。 |
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参考図書「本当のことだからーいつかのいい日のため宇宙の秘密」 山元加津子著 三五館 「幸せ気分」笹田雪絵著 魔女の翼刊他 |
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おかげさまで・・・ |
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秋…、森では栗、アケビ、さまざまなきのこたちに出会え、田んぼでは、黄金色の稲穂が重そうで、さまざまな実りに心が浮き立ちます。一粒の種もみが田で育ち、虫や鳥たちと共生しながら、人間を養う沢山のお米となり、又種もみとして次の生を生きることの不思議。都会暮しでも花一つ、植木1本を育てると、いのちの不思議、いとおしさが感じられます。![]() 以前、植物にウソ発見器をつけた実験で、植物には感情があり、大事にしてくれている人、危害を加えた人を判別するという文章を読み、ベランダに並ぶ枯れた植物にとても申し訳なく思ったことがあります。それまでも、可愛がっていた植物が、新しい鉢に関心が移ると精彩を欠いてくると感じていました。同じようにお水をあげていても葉の艶というか、元気さが違ってくるのです。あまり寵愛を受けていなかった鉢はさほど変わりませんが、目をかけていた鉢ほど、変化が顕著でした。それで、植物には気持が伝わるのではないかと思っていた折に読んだので「あぁ、やっぱり・・・」と思いました。長年使っている電気製品も、そろそろ変えようかなぁと思うだけで、はかなんだかのように、ガタガタと調子が崩れていきます。全てのものと、気持は通い合っているようです。 「私たちは、大地であり、水であり、太陽であり、風である」というのは先住民の人たちの言葉であり、科学の言葉でもあります。私たちは地球から生まれ、土、水、火、風(空気)と同じ元素でできており、自然そのもの。命の基である炭素は、星の中で全て作られ、私たちはいわば、“星のかけら”なのだそうです。また空気は体内に取り込まれても体の一部にならず排出されます。それは、かつて鳥や木々、お釈迦様が吸ったのと同じ空気をわたしたちは吸っていて、今私たちの体を通過した空気の分子を、未来の子供達が吸うということであり、「空気をきれいに・・・」というのは人生の長さ以上のスケールを持ち、空気(スピリット)を分かち合うことで、私たちは過去や未来と切っても切れない絆で結ばれているのです。水も同じ。人間の身体のほとんどは水でできていて、その水の質が健康を左右します。豊かな森が、ミネラル豊富な水を創り、野や川、海の生物を育み、私たちを育んでくれます。川を汚すことは私たち自身を汚すこと。いのちはみんなつながりあい、内なる自然である身体と、外なる自然も、見えるものと、見えないものもつながっています。 環境問題とは心の問題で、自然とのつながりや、心のつながりが無いと、人は、外に物や、名声、お金を求めるようになる、と心理学者のエンライト博士から伺ったことがあります。八百万の神々や、自然と共に生きてきた日本人は、亡くなった人が草葉の陰で見守ってくれると思え、先住の精霊たちにここで暮らさせて下さいと地鎮祭で御挨拶するように、石や、草や、木や、虫や、鳥等すべての中に魂が宿ることや、見えない世界を無意識のうちに感じているのではないでしょうか。 日本語の中にその心が含まれていて、「ありがとう」は根底に、大宇宙の不思議に対する驚きと、人知を超えた仕組みに対する畏敬の念が含まれ、万物に対する感謝が凝縮された言葉であり、「おかげさまで・・・」とは、目に見えない世界に、私とあなたを共に支え、生かしてくれる存在があることを感じ、感謝している言葉だそうです。空気や水のお陰で生きられ、目には見えない微生物たちのお陰で健やかに過ごせます。 先日、友人から「おかげさまで、無事出産致しました。」とメールが入りました。 つながりあい、生かされている有難さを一言で表現した「ありがとう」、「おかげさまで・・・」。なんとステキな、世界を平和にするかもしれない魔法の言葉。 |
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| 参考図書 「ありがとう日本アップダウン構造」昌原容成著 トランスペース出版 「生命の聖なるバランス」デイビッドTスズキ著 日本教文社 「星へのプレリュード」佐治晴夫著 黙出版 |
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身体感覚 |
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| 1ヶ月ほど前のこと、じゃり道で転んでとっさに逆手で支えて、右手首を捻挫しました。大したことはないと思っていましたが、寝返りやささいな動作さえ大変なこと。利き手なので、つい何かと手を出しその都度全身に痛みが走りました。手首がこれほど影響を及ぼすとは思ってもいなくて、全身が精妙につながりあっていることを体感しました。普段はどこにあるか意識することのない胃も、具合が悪くなるとここにいるよと存在を主張しているかのようです。考えなくてもバランスを取ってくれている身体の仕組みのすごさに驚くと同時に、長い時をかけて創られたものだからこそ、この数十年の便利・快適を追いかける暮らしにそぐわず、損なわれてきたものも沢山あるのではと感じました。 現代は、ほとんどが自動ドアになり、時に開かない扉の前でぼーっと立っていて苦笑することがあります。何十年かぶりに昔ながらの雨戸を開けた時、途中でつっかえ押しても引いても動かなくなった戸を、なだめたりすかしたりしてようやく動かし、丁寧に入れないと全部が収まらない戸袋に手を入れやっと開けた時、さっと開け閉めできるサッシ戸は、なんと楽になっていたことかと驚きました。けれどもそんな風に建て付けが悪そうだからなだめるようにとか、軽くて滑りが良さそうだから力を抜いて等、個々の状況に即して調節することが、人や物との距離の取り方、かかわり方のセンスを養い育てたそうです。 「文明の利器は人間の可能性を拓いた一方で、身体のマメな働きを減少させ、運動能力を低下させた。生活体力にもとづくマメな運動能力は、脳をよく制御し、調整する働きがあって、脳と身体の緊密さを保つのに、極めて重要で、今日的便利さは体力のみならず、人格をも低下させている」と『素朴に生きる人が残る』にありました。感受性もきめ細やかに対応されたり、日常生活の中で、弟妹の世話や、動物の飼育、家の仕事の手伝いなど経験を通じて会得し、育っていくもので、具体的で何気ない日常生活の積み重ねが大きな意味を持っているそうです。自分自身を考えても便利になるにつれ、忍耐強さを失ってきていると感じます。人が何かを身につけるにも、蒔いた種が芽を出し、育つにも時間がかかります。長い目でみるには、わずかな変化に気づける力が、とても大切に思えます。 身体を使うことを軽んじて、社会はバーチャル化する一方ですが、福井や新潟の水害の様子を観ると、4年前水害にあった時の泥の重さ、臭いや労働のきつさが、ありありと思い出され他人事とおもえません。流した汗や涙などいのちの実感が共感の幅を広げてくれるものと実感します。現代は自然に体得できることが減ってはいますが、自分の身体は間違いなく自然です。野口体操の野口三千三氏は、『祖先が遺してくれた最大の遺産である「からだ」と「ことば」を大切にして、自然とは何かを探り、思考・推理・創造の力を育てることは、一生し続ける厳粛な課題である。』として、『一人一人天から与えられた才能を持ってこの世に生まれてきており、生きものはみんな創造性があり、いつも新しく生きているもの。自分のなかに現れたごく小さなこと・些細なこと・他人から見ればつまらないと言われそうなことを、自分が大事だと思ったらそれを育てる。ごく当たり前の日常を生きることが今、ここを大事にすること。』と言われます。肌が合うとか、合わないとか、なんとなく怪しいことを臭うとか言いますが、皮膚感覚は驚くほど確かなもので、判断に迷った時自分の“からだ”が発するメッセージに助けられることが良くあります。計り知れない埋蔵量を持った宝庫である「からだ」。 痛みも病いも、又何かを感じさせてくれます。“からだ”を使い、“からだ”の声に耳を澄まし、自分を再発見してみませんか。 |
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参考図書:「柔らかな心、静かな想い」村瀬嘉代子著 創元社 「素朴に生きる人が残る」遠山高史著 主婦の友社 「野口体操 感覚こそ力」羽島 操著 春秋社 |
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いのちはつながり |
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春が一気に押し寄せたような今年。梅の頃に既にたんぽぽやつつじが花をつけ、どこも生命にあふれ、むせ返るほどですが、圧倒され体調を崩された方も多いようです。かすかな気配とともに移ろっていた日本の四季が、近年変わってきているようで気になっていましたが、このまま温暖化がすすむと50年のうちに野生生物の18〜35%が絶滅しかねないという警告がなされているという記事を読みました。ツバメの子育ての頃はえさとなる昆虫の幼虫が這い出してくる時期と一致していて、芽吹きが早まると幼虫のえさになる若葉がなくて、ツバメの子育てに必要な幼虫数が足りなくなり生育に影響を及ぼす等、生態系の食物連鎖が断ち切られることで多くの種が絶滅する危険性があるとのこと。なんと絶妙なつながりでしょう。 昨年に続き、行った集団創造化セミナーの参加者は大学4回生から90歳まで。年代、地域、職種とも実にさまざまで、異質の出会い、多様であることの豊かさを実感しました。その折、昨年のセミナーに大きなお腹で参加して下さった方が4ヶ月になられたお子さんを連れて顔を見せて下さいました。つい8ヶ月前はまだお腹の中にいた子が、もう笑い、泣き、一人の人間としてしっかり存在している素晴らしさ。以前見た「人体は小宇宙」という番組を思い出しました。お腹の中の小さな命に、11週目ですでに卵巣ができ、次の世代の準備が整うというものでした。いのちの出発点は必ず単細胞に戻ってそこからやり直す。たった一つの細胞である受精卵が多細胞になり、役割り分担して一つの身体になる、ということに連綿と続く生命の不思議に打たれました。生物学の中村佳子さんは「ヒトも大腸菌も同じ祖先から生まれ、一つ一つの生きものはアリはアリとして、ヒトはヒトとしてたったひとつのゲノムの可能性を展開し、常に新しいものを生み出そうとする力を内に持つ『自己創出系』」と言われます。1分前の私と、今の私では違っているけれど私は私。同じだけれど変わるということが生きものの本質ですが、新しいものはゼロから生まれるのでなく、異質と出会い、結びつくことで生まれるそうです。水俣病と出会い、人間は自然の一部であり、自然破壊とは、外部の自然を壊すだけでなく、人間自身の内なる自然の破壊でもあると気づかれた、社会学の鶴見和子さんは、それぞれの地域の持つ伝統を生かし、異質を加えて暮らしやすい社会を地域住民が創造するという「内発的発展論」を生み出されました。経済成長を目的とする近代化論に対し、人はそれぞれ持って生まれたものを思いきり発現、成長する事が目的で、経済成長は条件にすぎないと言われます。 感性論哲学では感性が人の本質であり、理性は、感性から湧き上がったものを形にする手段能力と言い、仏教では自分の中に全てがあると言われ、教育―エデュケーションとは内にあるものを引き出すという意味ですが、まさにいのちは内に持っているもので、生まれ、成長するもの。不確かな時代ですが、生きものとしての自分に込められた長い時間は確かなもの。人は、生きものとしての45億年、先祖からの歴史、文化が出来上がるまでの長い積み重ね、とさまざまな時間を背負って今ここに生きています。“みんな違って、みんないい”、のがいのちの本質。連綿と続く自分の中に込められた「時間」を大切にしながらただ1回限りの命の花を咲かせませんか。 |
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| 参考図書 鶴見和子 対話まんだら 藤原書店 『45億年の私の「生命」』生命誌と内的発展論 より |
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せぬがよき |
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| ”せぬがよき“”秘すれば花“といった言葉にとても心惹かれます。 声高に自己主張し、押し強くなくては生きていけないかのような状況に、静かな強さがどんどん遠ざかっていくようです。 以前レバノン人の友人に”はかない”とか、”かそけき“といった言葉を、英語ではなんというのかと尋ねたことがあります。曰く「英語は経済の言葉で対応する単語はない。アラビア語はあるけどね、日本と同じように歴史があるし、ポエティックだから」との事でした。情景の伝わる日本語がとても好きですし、茶の湯、石庭、お能、浮世絵に見られる“見立て”もなんて素敵なのかと思います。黒塗りのお盆にちょっとした小物や小さなお花を置けば床の間と思え、縄一本に、小石を並べただけの場にお庭が感じられます。どうしてこんなことでイメージが広がるのかとても不思議な気がしますが、古事記にある「アメノミハシラを見立て、ヤヒロドノを見立てたまひき」に始まる“見立て”は、日本のイメージメイキングの王者とも言える手法なのだそうです。 ![]() 冬枯れの木立もじっと見ていると、春の準備を始めているのが見えてきますが、日本独特の見立て文化は“じっと見ているうち、何かが見えてくる”という見方と、見ているうちに過去の記憶や歴史が偲ばれてきて、いくら見ていても見飽きないという見方、そして四季折々、いつも次の季節を呼び寄せたいと思う感覚が、季節の見方を濃くしたことで生まれてきたそうです。まだ寒さが残る季節も光の色に春の兆しを感じると、季節を先取りした服が着たくなるのもその名残かもしれません。型を真似て、まなび、体得して自分の型へと深める、型の文化も又、日本文化の中心的体質で、それぞれの人の型があり、間があって、言葉にできない故の秘伝。 “せぬがよき”とは世阿弥の言葉ですが、芭蕉の“言いおおせて何かある”という言葉にしろ、日本の伝統文化は自己主張を抑え凝縮しています。それはじっと見ることや、季節を呼び寄せたいと思うような、対象に近づき、踏み込んでゆくことから生まれたものかもしれません。 『縄文〜弥生時代に由来するであろう「アカ(明)キ・キヨ(清)キ・ナオ(直)キ・タダシ(正)キ」を尊ぶ精神文化が5世紀末まで失われることなく伝承されており,これが日本人の基本体質として定着したと考えられる。』と文明法則史学のアジア研究をされておいでの浦崎さんから伺いました。基本体質の上に培われてきた引き算の文化が、明治以降、富国強兵、近代化、敗戦から経済大国へと、足し算の文化へ向かい、今や聞こえてくるのはグローバリズムの声ばかりですが、日本の地震・台風など災害にあいやすい、傷つきやすさが不安定を宿命として、有為転変を見つめる無常観となり、講、座、連等の小さなネットワークで経済文化を組み立て、何があっても切り抜けようと工夫してきたという、長い時間をかけて育まれてきた文化は心の奥底に潜んでいて、表層的に足し算の文化になじんだように見えても、どこかに覚束なさがあるのではないでしょうか。 『日本流』に「負からの表現こそが、日本においては一切の肯定につながる。いわば“あはれ”であり“あっぱれ”なのだ」として、日本人の本来のもろい不安定さの認識があれば、まだまだ色々な可能性があるでしょうと書かれていました。 「べてるの家」の降りていく生き方、弱さの情報公開とは、まさに日本文化の掘り起こしであり、そこに共感・共鳴する人が増えているということは、自分達の体質にあった生き方をしたい人が増えている表れではないかと思います。そしてコミュニティビジネスやさまざまなネットワークの広がりも、文化遺伝子が新たな花を咲かせようとしていることかもしれません。自分の内なる日本と出会いませんか・・・ |
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| 参考図書「日本流」松岡正剛 朝日新聞社 「せぬがよき文化の黄昏」竹内 宏 東洋経済 |
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心を込めて |
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| 昨年3月我が家のテレビが壊れ、あまり必要性を感じないまま年末まで無しで過ごしました。元々ごく限られた番組を見る程度でしたが、それでも一度スイッチを入れるとつい見続けてしまい、無い暮らしは静かで、本がよく読めて快適でした。が、お正月に見たい番組があり、大晦日にとうとう買いました。小さな物を探し13型の液晶テレビにしました。まるで写真が動いているようなきれいな画面にビックリ。厚さ7p足らずのパネルなのに音も迫力があり、古いテレビと比べると隔世の感があります。技術の進歩に圧倒される想いでした。 人間にとり道具は無くてはならないもので、知能の発達も人類の発展も道具と関係しています。常に人間のそばにあった道具が人間から離れていったのは、生産手段と賃仕事をする人に分け、生産手段をコントロールしようとした資本主義の始まりからで、次第に労働が商品化し、自分の労働でありながら、自分の自由にならなくなったそうです。 ![]() 現代は日常的な生活における便利さを競いあう事で、経済も発展し、生活も便利になっていますが、生産が人間の為でなく、物の為の生産となり、生産力という神話に踊らされて、物をどんどん捨てて買い換えないと経済が廻らないという状況が生み出され、社会全体が大きな機械となって人間を一個の歯車へと追い込んでいます。宮大工の西岡棟梁は「便利なものがでてくると、人間はそれに頼り本来のものを忘れていき、ものを頭で作るようになり、仕事の能率ということが主になっていく。」と書かれています。便利快適な暮らしの中で得たものもありますが、失っているものの大きさも計り知れません。私たちは便利さを追求しすぎて道具に振り回され、技術の進歩によりますます時間に追われ、心を込めて生き、心を込めて仕事をする生き方から遠ざかるばかりです。 モンゴルの遊牧民の研究を通じ、「経済効率による分業化で家族が生きるために必要な物を自給する能力が失われ、賃金に頼らざるを得なくなって家族の基盤が揺らいだことが今日の危機の重大性ではないか。今、人類が失った道具を取り戻し人間と再結合させることが貨幣経済から降りることにつながるのではないか」と小貫先生は言われます。研究室の学生さんがホームステイ体験発表で、モンゴルでは夏でも水ひとつ手に入れるのもとても大変で、帰国して自動販売機にコインを入れると何でも簡単に手に入ることに疑問を感じた事や、戻ってからプランターでトマトを育てられ、実がなったのでサラダを作ろうと思った時、自分で育てたトマトのサラダはコンビニ弁当と一緒には食べたくなくてスパゲティを作ったこと、自分で生きていると思っていたけれど、生かされているのではないかと思ったこと等いのちや暮らしについて感じたことを話されるのを聞き、知識でなく、身体を通して実感することのすごさを感じました。小貫先生が撮られたドキュメンタリー映画「四季 遊牧」を観て水を手に入れる苦労や、羊の毛を刈り、乳をしぼり、チーズを作り、酒を造り、何もかも余すところなく使い、すべてを活かし、知恵をこらした暮らしぶりに、人間はこれほどの生きる力を持っていたのだなぁと圧倒される想いでした。 清水博先生は人間と道具の関係について、ほどほどの不便さを積極的に受け入れる事で人間から積極的な働きかけが必要となって、道具に振り回されなくなり、道具と心の通う関係を開き、「在るために持つ」(エーリッヒフロム)という本来の関係が取り戻せると言われます。もっと早く、もっと便利に、という追われる時間の中でプロセスを楽しむゆとりをなくし、心をときめかせて出会いを待つことが難しくなっています。 「進歩する時間」を否定するのでなく、生まれ成長し老いて死ぬ人生の姿や自然のゆっくり「循環する時間」に目を向けることで、「進歩する時間」だけに頼りすぎている現状を見直し、二つの時間の調和を図ることの大切さが『楽しい不便』の中で語られていました。 人間本来のよろこびはとてもシンプルな所にあるような気がします。 空を染める夕日、燃えるような紅葉、景色を一変させる雪景色。手を使い身体を使って物を作る喜び、人との出会い…今を存分に味わう中に宝物があるようです。 |
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| 参考資料 『楽しい不便』福岡賢正著 南方新社刊 滋賀県立大学 小貫雅男教授講義録 金沢工業大学 場の研究所 清水博所長講義録等 |
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「場」の力 |
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| この夏、清水義晴さんの「集団創造化プログラム」セミナーを受講しました。 競争社会から分かち合いの社会へ人類が大転換すべき時代に、共に生きていくために大切なものが「和の文化」にあるのではないかと研究され、生まれたセミナーです。『ワークショップの手法は大変日本的な「和」を生み出す要素を色濃く持っており、上意下達から横型コミュニケーションへと関係性を変え、競争から和の世界へ入れることを体感できます』、との言葉どおりでした。 ![]() 一人一人の力、「場」の持つ力を、教えられて納得するのでなく、ワークショップを通じ「場」が自分に心を開く事を迫ってきて、自然に分かるというカンジでした。心を閉ざし自分にこだわると、見事に場が縮んでいき、みんなが心を開いて安心して発言し、話し合っているとエネルギーが渦巻くように一体化し、思いもかけないような結論が導き出されます。一人の存在が間違いなく大きな意味を持つことや、人は互いに鏡になりあい社会を創っていくことが体感されました。まるで内観を受けているように自分に「場」が問いかけてくるようでした。 清水博氏の著書『“場”の思想』に、人間が自然と共存し、平等な互いの主体性を重んじて生きる為の実践が、人類のもっとも重要な課題になる−生命システム科学の発想から『日本の持つ「場」の思想が、社会・経済の危機を乗り越え、互いの違いを認め、共に生きる社会を創る原動力となる』とありました。日本では一期一会の「出会いの場」が大きな時代の転換期に時代創造の役割を果たしてきましたが、それは生存への危機があると精神的贅肉が落ち、生死への自覚からいのちに目覚め、出会いの場が生まれ、共創を拡大させるからだそうです。 マネー経済の社会の中で、“いのち”と“いのち”が出会い、共感し、つながる場がとても少なくなっていますが、『メガマシーンから降りるには信頼しあえる関係づくりが先決』ともありました。 北海道浦河の「べてるの家」での“降りていく生き方”は、いのちそのものに近づく生き方であり、弱さを絆に活発な活動を続けているあり方は、まさに分け隔てのない、出会いの場であるように思います。新潟では空き店舗を利用した、不登校の子もお年寄りも気軽に立ち寄り、共に時を過ごせる「地域の茶の間」と呼ばれる「場」が500箇所以上広まっているそうです。そこ、ここで新たなステージを創造するエネルギーが静かに、ひたひたと満ちてきているようです。 物理学者の佐治晴夫先生の本に「二度と繰り返さないから自然は美しく、意味があり、宇宙も人生も又同じで、このことこそが一期一会である」とありました。人は死にゆく存在である自覚から、自分自身との一期一会を大切にでき、他者とも出会えるのではないでしょうか。ともに活かされ、生きている存在として出会い、つながり、共に生き、新たな自分と出会い続ける。 「ありがとう」「おかげさまで」「おたがいさま」は世の中を平和にするかもしれない三つの言葉とも書かれていましたが、この言葉が飛び交う安心の「場」があちらこちらに広がったら、間違いなく社会は変わり、和やかな世界が広がるのではないかと思います。 |
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| 参考図書 「場の思想」清水博著 東大出版会 「星へのプレリュード」佐治晴夫著 黙出版 |
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農的暮らしのすすめ |
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| 我が家の近くに市内最大級のショッピングセンターができました。初めて全館に電気が灯った様子はまるで要塞のようでした。一つの街がすっぽり入っているかのように何でも揃っています。これで又近くの商店街の火が消えていくのでは・・・、とたまらない気分でした。際限なく拡大していくかのような消費社会。グローバリズム、競争原理とますます一人勝ちの世界が広がるようです。周りをなぎ倒すような一人勝ちの世界には含羞の気持ち等どこにも見当たりません。 この春、よく行く山で大事にしていた笹百合、えびね、ぎぼしといった山野草類が根こそぎ盗まれました。 笹百合はつぼみをつけた茎が捨てられ球根だけがもぎとられていて、涙がこぼれました。昨今の山野草ブームの影響でしょう。何でもお金に換算する世界のなんと貧困なことでしょう。 “もっともっと”の世界の怖さは煽られ、生み出さない暮らしをするうち、自分の手足を使って生きる力を失い、そうなっている自覚もなく、全てお金に依存せざるを得なくなる事のような気がします。便利・快適・効率の世界が広がり圧倒的に身近にいのちが見えなくなっています。 「周囲の日常的な農的風景で、自分の食べる行為がどんな世界の連続の中で準備されるかよく分かり、私たちが他の生命を殺すことなく食べる事のできない存在であることを遊びの中で体験自覚できた。」として、道草のできる時間と空間のあった幸せが『農的幸福論』に書かれています。子供が遊びの中で採取・狩猟・飼育・栽培という食の前段行為を体験しなくなった事が大問題であると犯罪心理学で指摘されているそうです。 大地とともに生きるモンゴルの遊牧民ツェルゲルの人々のドキュメンタリー映画*『四季・遊牧』を観て涙がこぼれそうになりました。悠久の時の流れに身をゆだね、貧しくもつつましく自然と共に生きる人々の姿。辺境の地にも押し寄せるグローバリズムの波に抗し、自らの暮らしを守る為に地域自主の新たな共同を模索する自立性。上を見て競い合うのでなく、日々ひたむきに生きる人々が助け合い、学びあい、共に生きる社会・・・。自然とのつながり、心とのつながりがないと人は外に物や名声、お金を求めると言われます。失われた十年と言われますが私たちが失ったのは、ひたむきさ、まっとうさ、潔さといった資質ではないでしょうか。 農工一体、簡素生活、都市中心から農村中心の緑健文明を提唱される草刈善造氏は90歳。阿寒湖近く最寄の駅まで歩いて40分という所で、お一人で自給自足の暮らしをされ、「両手足を使っているから元気!」だそうです。 「現代は自分達の未来を自分達の頭で考え、選択できない事が大きな問題で、夢見る勇気さえ失っているが、人間にとり本源的で大切なものは原初的な生きる力。農的暮らしは競争原理で失ったものを取り戻す確実で手近な道。100%給与に頼る生活から自給率の高い、バランスの良いところに戻し、大地に根ざした精神性の高い私たち自身のための暮らしの形を求めよう。」と『菜園家族レボリューション』にありました。 農的暮らし始めの一歩は、庭先農業でもベランダ菜園でもいい何かを育てることから。昇る太陽に一日を祈り、夕陽に一日を感謝する平和な気持ちで暮らせる豊かさを取り戻しませんか… 悠久の時空の中 人は大地に生まれ育ち 大地に帰ってゆく (菜園家族より) |
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※全3部(6巻)7時間40分に及ぶ、長編ドキュメンタリービデオ作品。 参考図書
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| 弱さの深さ | ||||||||
競争社会、勝ち組、自己実現・・・巷には強くなければと思わせる言葉があふれています。 ほんとうに強くならなくてはこの世では生きてゆけないのでしょうか・・・ 北海道浦河にある「べてるの家」では、精神を病んだ人たちが、自分達が病気になった社会への復帰でなく、自分たちらしく生きられる社会を創ろうと、会社経営はじめその人らしさを活かした多彩な活動を展開されています。 病気の状態、頑張れない自分等々自分の弱さを直視し、仲間に“弱さの情報公開”をして、何かにつけて語り合い、そのままの自分を受け入れあって、何かを目指して結果を得ることでなく、プロセスを大切にして暮らされています。そこでの大切なキーワードは『弱さを絆に』。弱さには価値があり、強さが弱体化したものでも、強さへ向かうプロセスでもない。困った時に困った顔ができる力を育み、「弱さは触媒であり、希少金属で周囲を活性化させる要素をもっている」と、弱さのもつ可能性と底力を用いた生き方の文化を育てておいでです。問題だらけでも「それで順調!」と笑いにあふれ、「病気で良かった。人間は生きているだけで価値がある」と言える「べてるの家」のありかたに多くの人が心惹かれ、全国にファンが広がっています。今号の”Beな人々“にご登場いただいた山元加津子先生が東京へ講演に出掛けられた折、車内でボカスカと人を殴っている人がいたそうです。こわいと思いつつあまりに淋しそうな後姿に、つい後ろから抱きしめて子ども達にするように「大丈夫だから、怖くないから大丈夫ですから」と語りかけ、それからまた「ね。怖くないです。大丈夫」と言ってお顔をのぞきこんだら、涙をぼろぼろこぼしておられたそうです。それ以来その方とお友達だそうです。人が人を分けるという事に深い悲しみを持っておいでの山元先生なので、やくざさんの強がりの中にある弱さを感じとられ、その方も自分を受けとめられた安心感から弱さを出す事が出来たのかと思います。 競争の時代から共創の時代へと言われます。共に創る為に手をつなぐには、違うからこそ学びあい、助けあい、多様性を認めあうことが大切です。泣き虫で、感じやすいことは、僅かな変化に敏感で、多元性や多様性を受け入れるのに有効な性質なのだそうです。『今後、強さの分析より弱さの研究が、強がりの競争より弱がりの文化が、完全を目指す組織より欠陥をいとおしむグループが、自信より危惧が、より豊かな情報を含んでいる事に気がついていくだろう』と松岡正剛氏は書かれています。感性論哲学の芳村先生は「助けるばかりでは実感をもった感謝が出来ず、傲慢になり勝ちで、助けてもらう力を養うことは、人間として美しい行為である」又「価値観を固定化すると、そこに差別が生まれる」と説かれます。安心して助けられたり、助けたりできる、お互い様でつながりあえる世界は、弱いからこそ、欠けたところがあるからこそ生まれるのではないでしょうか。私たちは、あまりに勝つ事、強い事、完全であることに価値を置き過ぎて、幼い頃のトトロと語り合えるようなやわらかさ、沈む夕日に涙ぐむような繊細さを遠ざけてきてしまったようです。 菩薩とは悟った者でなく、最も感じやすく、最も傷つきやすい者だそうです。感じやすく、傷つきやすく、豊かな素顔の自分と出会ってみませんか・・・ |
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| <参考図書> べてるの家の「非」援助論 医学書院 「フラジャイル」松岡正剛著 筑摩書房 |
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「生きもの」感覚で生きる |
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20世紀は「機械と火」の時代、21世紀は「生命と水」の時代と言われます。 機械文明は私達に多くのものをもたらしてくれました。が、ここまで文明が進みな がら平和な世界は遠のくばかりで、落ち着かない、安心とゆとりの無い社会になっています。機械の時代の価値観は分かる事が良い事で、本来分からないものを全て分からせようとし、効率を求めますが、いのちはとてもゆっくりです。現代は全てを役に立つか立たないかで価値を決めがちですが、ミヒャエル・エンデは「亀の全く役に立たないところが好きなんです。われわれの生活のみならず自然さえもが有用性の点から議論されるこの世の中で、全く無駄な生き物が存在しているというのは、すごいじゃありませんか。この存在はある安心感を与える貴重な存在です」と言います。存在すること自体に意味があり大切なのが生きものであり、命を大切にすることなのです。 ある日のこと、居間の床に白い粒々が続いていました。見ればアリが卵を抱えて部屋の中程の鉢から窓際の鉢へカーペットの縁に沿って大移動。小さなアリにしてみれば大冒険だろうなぁと思ったこの引越しは年中行事のように2〜3年続きました。会社で可愛がられている黒猫あっちゃんは、のどを撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じ、手に頭を預けてきます。安心しきって力の抜けた小さな猫の頭を手に受けているといのちの愛おしさを感じますし、植物は見ているとゆっくりとした時の流れで成長する木、日毎に育つ花、伸びていくのが目に見えるような気がする野菜たち、といったそれぞれの時の流れがあることを感じます。子猫もアリも植物も、それぞれ生をまっとうしようとしている、今ここで生きている仲間だなぁという気がします。宇宙に生き物が現れて40億年以上。気の遠くなるような時を経て、今ここに私がいて、あなたがいて猫のあっちゃんもいます。 子供の頃、吸った空気や食べた物がいつ自分になるかとても不思議でした。生物は全て関係性の中にあり、さっきまで外にあったものが自分の体内に入り、自分のものになってしまうのが特徴だそうです。環境と自分はつながっています。外なる自然が壊れる時、内なる自然―身体・心―も壊れます。私たちの暮らしはどんどん身体感覚を鈍らせる方向に動いています。人間が生きものであることを実感できる身体、時計の時間だけでなく、生き物として込められた自然な時間を感じて暮らすことがとても大切で、体内の「生きもの」感覚を取り戻すには、生き物に親しみを感じ、生きていることを素晴らしいと思うことが出発点だそうです。 一人ひとりが「生きもの」感覚をフルに活用して、自分で考え、行動し、子どもは子どもの時間、青年は青年の、老年は老年のその時々を思い切り楽しく生きることが、世界中の全ての人がよく生きられるような、バランスある社会を創ることにつながります。しなやかに、おおらかに、いきいきと暮らしませんか・・・ |
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| 参考図書「『生きもの』感覚で生きる」 中村桂子 講談社 「エンデの贈りもの」子安美知子監修 河出書房新社刊 |
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耳を澄ます… |
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| ある夜の突然の停電。集合住宅の何百戸の光が一斉に消え広がる闇、そして静けさ。見慣れた景色が一変しました。我が家はほとんどテレビを見ませんが、耳の痛くなるほどの静けさに、冷蔵庫のモーター音はじめどれほど多くの音に囲まれて暮らしていたのかと驚きでした。ろうそくの光で食事しながら闇と静けさを楽しんでいたところに復旧、同時に音が押し寄せてきました。折角の静寂をもう少し楽しみたいと思ってもあちらこちらからざわめきが聞こえてきて望むべくもありませんでした。 テレビから常に流れる映像、早口の出演者、テレビゲームの電子音、パソコン、派手な看板、きらびやかな電飾とあふれる音。現代の暮しから静けさと落ち着きがどんどん失われています。 よく電話は顔が見えないからうそがつけないと言われますが、どんな動物も何かにつけ耳を立て、耳で全身を集中させるように、耳は何にも増して生き延びる為の器官として進化し、計測能力と感受能力があり数学的なものを感覚的なものへ、意識的なものを無意識へ、抽象的なものを情緒的なものへと精密に移し変える能力があり、微かな差異の認知もする驚異的な器官だそうです。 耳は陰、女性的、受容的、直感的で、内面に分け入り全体を一つのものとして知覚する器官。弱いものにも反応でき、塵一つの音にも気がつけるようになっているのに対し、目は陽、男性的、攻撃的、支配的、悟性志向的で表層を眺め分析する器官で、瞬間的で焦点をあれこれと次々変え、合理的に組み合わせないと微細なものが見えてこないあいまいで大雑把な特性を持つと言われます。 現代人はテレビ時代になり見る事が主となっていますが、生まれる前から耳は開き、胎児は母親の心臓の鼓動や外部の音を聞き、死の刻が迫り他の全ての器官がだめになっても聴き、耳を閉ざす事はできません。又、耳は魂の門とも言われ、いろいろな宗教で沈黙・静寂を聴くことを大切にしています。 4歳で光を失った三宮麻由子さんは著書で、生まれて初めて夜明けを自分の感覚で味わった喜びを「『たった10分足らずの間に、10数種の鳥の声が順々に現れ、静寂が喜びの海に変る。自然のサイクルが光を引っ張ってくること、天体の回転が生物の躍動を呼び覚ますことにかぎりない美しさを覚えたのだ』時計という媒体を通して、強引に法則化した時の流れではなく、日付も歴史も超えた大いなる動きを感じ、いのちの集大成としての自然と正対すことで心が解き放たれた」と書かれています。 聴く事はコミュニケーションの第一歩。聴くことを優先する人は攻撃性が少なくなるそうです。言葉が受け止められると言う安心感のないところで人は語れません。また他者の声に耳を傾ける前に私たちは自分の心の声、身体の声に耳を傾ける事も大切です。 ![]() いのちは不思議に満ちています。自然も心も、身体も常に語りかけています。沈黙を聴き静寂を味わってみませんか。 耳を澄まして、聞こえてくるものは何… |
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| ここに森をつくろう・・・ |
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「村の鎮守の神様のぉ〜」懐かしい小学唱歌に歌われた鎮守の森。昔はそこここにありました。「隣町の神社のあの木に大きな白蛇様がいるんだって…」みんなで見に行こうと自転車を走らせた幼い頃のセピア色の思い出。 最近では遠い存在になってしまった鎮守の森ですが、日本人の精神性と森は深くつながっていて、森林の奥深さにいのちの不思議をおぼえ、畏敬の念を育て、多様な命が自発性を持って秩序が保たれている自然の森に、人間の社会が学ぶべきものを発見してきました。『ごちゃごちゃと混乱した感情や思考が、森に踏み込んだ途端に雲が晴れるように浄化されていくのが分かる、そんな森そのものを神とし、森を聖域として守る事で、真性に出会える場所を手つかずの空域として残しておこうとしてきた。神社はもともと神の鎮まる森だった(森のバロックより)』 ![]() “鎮守の森”は謙虚さと落ち着きという精神性と、共同体の中心として人々をすさんだ気持ちに陥らせず、人間同士の結びつきに温かさを与えてきたそうです。今やどこもかしも景色がしょっちゅう変わります。都会では昨日まであった筈の建物が突然消え、真新しいビルや駐車場に変わり1ヶ月とたたないうちにそこに何があったのか思い出せなくなる事がしばしばですが、景観は単に眺める景色というだけでなく、住む人の心の中と一つの連続体なので景観が壊されるとその中に生きる人の心もひどいダメージを受けるとの文を読み、何故おぼつかなさを感じたか納得できました。 良い生態環境をつくるにはいのちのつながりの実感と、そこから生まれてくる共同体的な力が作り出される社会が前提条件だそうです。子供と外の世界との“つながり”が“切れている”学校でつながりを作るのは森だ、との直感からホリスティック教育の山之内先生は学校に森を作られました。子供達は、自分の大事な木と一体化し、じっと見ることでいのちのつながり感を持ち、目に見えないところまで気づくようになり、地域の大人も又、一緒に森作りに参加することで自然や共同体とのつながりを取り戻して、学校の森を作る運動が各地に広がっているそうです。 霊長類学者ジェーン・グドールさんの著書に『世界中の手とあたまとこころをひとつにして、ヒトの問題解決能力をトップギアに入れれば、自然と調和して生きる方法が見つかり、ヒトがあたえてきた傷を癒す事がきっとできる』とありました。 私達は鎮守の森、江戸時代の循環型暮らし方等大きなヒントを沢山持っています。 最近間伐、植林ボランティアが増えているのも森や共同体のつながりの新たな息吹かもしれません。森は心の奥から湧き上がる幸せを与えてくれます。ぽかんと口を開けて感動する子供の心を取り戻したいものです。学校の森、病院の森、地域の森は現代の鎮守の森かもしれません。 ここに森をつくろう… |
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| 遊びせんとや生まれけむ | ||||||||
百事如意、老いる事は楽しい・・・塩谷信男先生の100歳記念出版「幸福論」にありました。75歳からを新老人と呼び、「老いに成長する」と語られる90歳現役ドクター日野原博士。104歳加藤シズエさんの本等々、今書店の店頭には老いる事は素晴らしい成熟であると勇気付けられる本がずらっと並んでいます。90歳を超えられたさおり織りの城みさを先生は「老いても感性は衰えない、その年だからこそ見えてくる世界がある」と言われます。 ![]() 百花繚乱、人生という素晴らしい作品を創造された経験や知恵はまさに社会の財産です。 誰しも輝かしい人生を送りたいと願います。よく生きるとはどういうことなのでしょう。 「おそらく自分が死すべき存在である事を自覚しているのは動物の中で人間だけだ。テクノロジーの発達で生を謳歌できる分だけ、死に対する「観」が急に貧困化しているが、いかに生きるかと、いかに死ぬかが同等の重みを持たないと、あくせくしながら落ち着きのない人生を送る事になってしまう」と河合隼雄氏の著書にあります。現代は死を遠ざけ、いつも何かを目指して生きている為、途上にある意識が強くなり今を充分味わって生きる事が難しくなっています。 「今はそれどころじゃない」・・・それどころの「今」はいつでしょう。 便利快適な生活に必要な「物」を手に入れる為に一生懸命働き、時間を節約し、なるべく心を余計なことに使わないようにして、たましいがどこかに置き去りにされてしまいました。古来日本人はご飯粒一粒を大切にすることでいのちの大切さを学び、いうなれば神々に取り囲まれ、それらとともに生きてきました。「勿体ない」という言葉はものの存在に価値を置き、畏敬の念を持つことをあらわすとても日本的な表現だそうです。現代の豊富な「もの」は日本人がどう接して良いか分からない「物」なので多くの日本人がそのため「こころ」を奪われてしまうのも無理がない話なのだそうです。 深く生きるうえでこれから大切なのは引き算の世界ではないでしょうか。物がなくても平気で、何もない事にこそ価値があり、自前で生きる事を楽しむ能力、自分で遊べる能力を取り戻すこと。いきいきと生きる事が人の使命、輝かしい人生を創るには命から湧いてくる欲求を大切にする事と言われます。空気・水・大地・花・愛・・・生きる上でかけがえのないものを聖なるものとして、自分との一期一会を楽しみ、思い切り自分の花を咲かせ人生という作品を創造する。まさに “遊びせんとや生まれけむ”です。 たかが景気が悪いくらいでうつむいている場合ではない。全世界が、全人類が幸福になる為の智慧を持つ民族として、今こそ、元気を出す時だぞ日本人。(「幸福論」塩谷信男) |
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| 参考図書:「日本人のこころのゆくえ」河合隼雄 「スロー・イズ・ビューティフル」辻 信一 |
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| 「命は電池」と考える時――子どもに伝えたいこと |
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| 日野原重明 | ||||||||
一冊の本を詐論家の秋山ちえ子さんからいただきました。長野県豊科町にある県立こども病院に、長期入院している子どもたちがつづった文章をまとめたもので「電池が切れるまで一子ども病院からのメッセージ」(角川書店)という本です。私は、本のタイトルになった小学4年生の宮越由貴奈さんの詩にはっとさせられました。'詩には「命」という題がつけられています。その一部をここにご紹介します。
命が電池のようだ、という発想はいかにも子どもらしく新鮮で、これを読む大人は反省させられることが大きいように思います。命に限りあることは頭では誰もが分かっていますが、死に対しておそれがあるから、命が電池のようにある臼突然ばっと切れるなんて、どうしても思いたくないのです。この女の子の詩を読んだ時、私はふと兼好法師の徒然草の一節が思い出されました。吉田兼好はこう書いています。 「死は前方からやってくるとは限らず、いつの間にか、背後に接近しているものだ。沖の干潟が引き潮で見えなくなっていて、浜に潮が押し寄せるのはまだ早いと思いながら千潟を眺めているその時には既に、足元の磯に潮が満ちているようなものだ」 吉田兼好が表現した、「不意に背後にやって来る死」を、小学4年生の女の子が「電池」という一言で表現しています。なんという発想力でしょう。私は常々、子どもたちには命の使い方が大事なんだと教えたい、と思っていますが、大人には、「命は電池のようだ」という発想を知ってほしいと思います。 ロウソクが燃え尽きる時は、ロウソクの芯がそろりと姿を現します。しかし、人間の命の寿命はいつも一様に、徐々に減っていくのではありません。青天の露露のように突然、交通事故や心筋梗塞の発作などで急死することがよくあるのです。それは、もっと使えると思っている電池が漏電しているとも知らず、早く切れてしまうようなものです。死は予告無しにやってくる。そのことから目をそらさずに、人生に向き合うべきなのです。そうすることで、生き方は、選択は変わるのではないでしょうか。 |
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| 朝日新聞“あるがままいく”2003.3.29 | ||||||||
| 生命の長さと使い方と---子供達に伝えたいこと | ||||||||
この冬、東京の小学校の授業に招かれ、3年生の子どもたちと有意義な時間を持つことができました。そこで私は命について話しました。 私の授業に先立ち、「老いと寿命」の授業があったようです。内容は事前に学校から教えてもらいました。子どもたちの老人観がうかがえる興味深い内容でした。 ![]() 資料によると、「何歳から老人だと思うか」という間いに対して、彼らの半数以上が「60歳」と答えています。「65歳」「75歳」「85歳」といういわゆる高齢層を示した子どもは合わせても3分の1以下でした。また、子どもたちが抱く「老人そのもののイメージ」は白髪やしわ、耳が遠い、腰が曲がっているなど身体的な衰えを指すものでした。「ものを買ってくれる」「孫をかわいがる」といった優しい祖父母との関係を思わせる言葉もありましたが、残念なことに、社会に参加している元気な老人像は見あたりませんでした。私たち大人が思っている以上に、子どもが見る大人の姿は、若々しくはない衰えた姿なのでしょうか。私は子どもたちに「老い」を、必要以上にマイナスにとらえて欲しくないと思いました。 さて私は、子どもたちが喜ぶだろうと思い、20本の聴診器を持って行きました。「命」を実感してもらうために、聴診器で友達の心音を聞きあってほしかったのです。子どもたちは初めて聞く心音に目を輝かせました。そこで、「91歳の私の心臓の鼓動は既に37億回を超えている」と話すと、ますます驚いていました。老いても元気に働いている私の姿を見せた上で、「年をとること」や「命の使い方」について話したのです。命を大切にするということは、病気をせずにただ長生きするということではなく、どう自分らしく命を便うかなんだ、と。そして、「どう使うかを考えることが宿題だよ」と告げました。それまで子どもたちは「命が大切だ」とは聞いていたようですが、「使い方」について話されたことは一度もなかった、というのです。それを聞いて、子どもの素直さに私も感動しました。「老い」についても「衰え」のイメージが強かったはずなのに、「90歳まで生きたい」「100歳まで生きたい」という手が多く挙がりました。授業の最後には「10年後に会いましょう。その時私は101歳、君たちは18歳と19歳ですね」と言って別れました。そう言った私の心は若やぎ、気持ちよく小学校を辞したのです。 もっと家庭や学校で、「命」だけでなく「死」についても話すといいと思います。その時は「命を大切に」にとどまらず、「どう命を使うか」「何のために長生きするか」を話すべきなのです。それは大人にとっても、生きる方向を考えるきっかけになるでしよう。 |
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| 朝日新聞3月22日 日野原重明(聖路加国際病院名誉院長) |
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「始めること」を忘れない---死を学ぶということ |
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| 日野原重明 | ||||||||
| この夏、思い出深いチャンスが与えられました。NHK交響楽団室内楽の指揮をしないか、というお誘いを受けたのです。もちろん、プロを前に指揮などしたことはありません。勇気が要ります。 しかし、冒険心を持って大胆に、「素人なんだから多少失敗してもいいじゃないか」という気持ちになって、これに挑戦しました。 前日、楽譜とCDを買い、自宅で3時間ほど練習しました。そのうち、小沢征爾さんのように格好良くやりたい、などという誘惑にかられたのです。楽譜を見ずにタクトを振ったら格好いいじゃないか、と思ったりして。CDを聴きながら、手がうまくいくかどうか、夜半に練習しました。 そして当日。それは心から楽しい経験となったのです。 長生きするというのは、今までにないチャンスをつかむことだと思いました。それまでになかったことを経験できるのです。どんな新しいことが待っているのだろうか、そう考えただけで楽しくなるではありませんか。私は59歳の時にハイジャックされた「よど号」に偶然乗り合わせ、それからの人生は与えられた第二の人生だと思う ようになりました。なおさら、できるだけ全力で、人が考えなかったことを、人のためにやってみようと思うのです。 そうして、ユダヤ人の哲学者マルチン・ブーバーの言葉をかみ締めます。 「始めることさえ忘れなければ、人はいつまでも若くある」と言う趣旨の言葉を。 今、私は、91歳を超えて、平均余命はあと4年ぐらいだろうと考えています。人生という大きな河の下流にいます。しかし、下流にあった入り江に入りこんで、一時、本流を眺めているような、そんな想いです。それでも、「死」につながる海が満ちる時、海水が入ってきます。生きているということは、一部死が混ざり合っているのだな、と思います。 現に、私の体の中の白血球は、骨髄から毎日作られ、ひと月たったものは死んでいきます。体の中では日々、部分的な死と生が繰り返されているのです。生まれた時からずっと、死は入りこんでいるのですから、いつそれが全体を覆っても不思議はないのです。プラトンが、齢を重ねることの一番の利点は苦しまないで死ねることだ、と言っています。老いるにつれて、死はそう恐れるものではないと自分に言い聞かせています。 ただ、「生まれて良かった。本当に意味があったよ」という言葉を遺して死にたいなと思います。遺された者たちがそれを聞いて、その意味を少しでも考えてくれれば、うれしいのです。これは「希望」の一つです。「光」です。死の中にも光があります。そして、死が近づいた最後に自分が生まれてきたことに感謝して、大地に帰れればと希う心なのです。 |
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| 「91歳私の証、あるがまま行く」 朝日新聞より | ||||||||
器を磨き「師」と出会うーーー働くということ |
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私が生涯の師を見つけたのは、終戦後まもなくのことです。 当時、私たちは都立整形外科病院で診療を続けていました。勤務先だった聖路加国際病院が米軍の陸軍病院として接収されたためです。この陸軍病院には医学図書室があると聞き、私は利用の許可をもらいました。 アメリカの医学雑誌や教科書は戦争中は入手できませんでした。終戦直後に初めてそれらに触れ、米国医学の進歩に驚きました。そして、「オスう一はこう言っている」という前書きのついた論文が多い事に気付いたのです。そこで、オスラ一の講演集「平静の心」があるかどうか尋ねました。すると、軍医大佐だったバワーズ院長が、戦争中も病院船の中で毎晩読んでいたその本をくれたのです。彼が医学校の卒業記念にもらった貴重なものでもあ |